小説

□いつかの幻覚
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>DIO様に殺された女の子/三部救済


「ハロー、こんにちは、久しぶり」


突然現れた彼女は最後に会った時から変わらず、幼い顔立ちに眩しい笑みを浮かべてみせた。


「何でここにいるんだって顔してる」


口元に手を置いて隠すように笑った名前。
懐かしい感覚だった。前にもこんな場面があったな。でも思い出したくないと脳が叫んでいる。
そんなことをしたら目の前の彼女が消えてしまう気さえした。


「久しぶりだね、元気にしてた?」

「元気もなにもないわよ。こっちは何もなくて面白くないし、寒くてしょうがない」

「皮肉は健在のようだね」

「貴方にあった時のために練習を続けたからね」

「それはそれは」

「やっと会えたと思ったら、その反応だもん。てっきり感極まって泣きながら抱き着いてくるものだと予想してたのに」

「でも触らせてくれないんだろう?」


名前は一瞬困った顔をした。分かってるよ、それくらい。ちょっと意地悪したかったんだ。


「賭けしてた」


砂埃で汚れたスカートを翻しながら僕に背を向けた彼女は楽しそうに話し始めた。


「賭け?」

「そう。イギーとアヴドゥルさんと私で。貴方と会ったらどんな反応を示すかって」

「あぁ、さっきの予想のことか」

「泣いて抱き着くか、驚いても昔みたいに他愛もない話をするか」

「君はどっちに賭けたの?」

「後者」


悲しそうに、しかし嬉しさを含む声だった。


「貴方は簡単に感情を露わにしたりしない。それにきっとすぐにどういう事なのか理解してしまう」

「僕のことをよくお分かりで」

「あれだけ一緒にいればね」


変わってなくてよかった、と言葉を零す。 その一言は僕の心に突き刺さった。
何度も変わろうとした、変わりそうにもなった僕は、もしかしたら名前が戻って来るのではないかと有りもしない可能性にしがみついていた。帰ってきたときに周りが変化してしまっても、自分だけはあの頃と変わらずにいれば安心できるだろうと。


「ありがとう。でも、もう大丈夫だから」


あぁ、お別れの時間が近づいている。

段々名前が見えなくなってきていた。それに拍車をかけるように視界も滲む。


「そんな悲しそうな顔しないでよ。私、貴方の笑った顔が好きなのに」

「…ごめん」

「その言葉も聞きたくない」


分かってるでしょ?
優しい視線に促されて足を踏み出す。一歩一歩。距離を縮めるのに遠いように錯覚するのは、世界が違うということを思い知らす為なんだろうか。

手を伸ばせばそこにいる。
でも僕から触れることはルール違反になってしまう。
伸ばした腕を必死に留め、きっと涙でぐちゃぐちゃであろう笑顔を張り付けて口を開く。


「大好きだよ、名前。愛してる」

「私も愛してる。今までも、これからも。ずっと」


腕が背中に回る。ぎゅっと力が入れられた。痛くも痒くもない。優しい抱擁だった。
僕も同じように腕を回すけど、腹部のあたりは空洞になっていて彼女がこの世界の人間でないことが分かる。

少しずつ温もりが薄らいでいき彼女は消えた。

でも確かに感じた暖かさは今も僕の周りに纏っている。
次に会える時を楽しみでありながら、その瞬間が出来るだけ早く彼女の納得するものであることを願いながら、今はこのままであって欲しいと思った。



(あ、思い出した。彼女は死ぬ前にさっきみたいに笑ったんだ)

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