小説

□熱が生まれるとき
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朝のニュースでは梅雨入りと報道されていた今日は、最高気温が28度、湿度85パーセントだった。何故こんなにも茹だるような暑さなのかは分からないが、私は今その正体の分からない原因を恨むほかない。
案の定屋上は人影はなく陽炎だけが静かにそこにあった。
ゆらりゆらりと揺れる景色は強い太陽のせいなのか、はたまた。

貯水タンクの日影は小さく私一人でいっぱいになった。そこで膝を折り抱え顔を埋める。遠巻きに聞こえる喧騒が今はまだ早い蝉の声のよう。

ギィ、と立て付けの悪い屋上の扉が重たげに押される音がして肩に力を入れた。私は今寝ていると自分に暗示をかけながら。
ジャリジャリ。近付いて来ることが分かる。
私は少し顔を上げて薄目に足元を見ていた。すると長い人影がすっと伸びて貯水タンクの影と合体した。

「こんなところで寝る酔狂な人間ているもんなんだね。僕の見間違えかと思ったよ。」
「何しに来た。」
「名前を心配して見にきたってのに酷いことを言うじゃあないか。」
「どの口が言うか。」

皮肉をたっぷり含んだ声は涼し気で一層私を追い詰めるようだ。熱いアスファルトの上で間合いを詰められる一方で、私の意識は遠退いて行きそうだった。目を閉じて本能に従うとしよう。

「ひっ。」

突然感じた冷たさに小さい悲鳴を上げることになった。目を開ければ刺さるような眩しさと青いアルミ缶。どうやら私の意識を引き戻したのはこいつらしい。
飲めと言わんばかりに突きつけられたそれを手に取り、プルタブに指をかけぷしゅりと開ける。
口をつけると冷たい液体が流れ込んできて、それの冷たさを口内で奪い嚥下した。

「美味しい?」

覗き込むように首を傾げて当たり前のようなことを聞く花京院はいつの間にか隣に腰を下ろしていて、手には赤いアルミ缶。
返事の変わりに中身のなくなったアルミ缶を差し出してやれば何故か赤いそれを渡された。
飲め、ということなのだろうか。受けとった赤い炭酸飲料に口をつけ傾け飲むと、思った通りの甘いぱちぱちした感覚が広がった。
そろりと横を見やれば満足そうに目を細める花京院が目に入って息が詰まった。今更ながらに熱いなと感じて目を逸らす。

「僕あまり炭酸って好きじゃあないんだよね。」
「何故買ったんだ馬鹿野郎。」
「気紛れ、かな…?」
「珍しいもんだね。花京院は目新しいものじゃなくて、同じものを買い続けるイメージだったよ。」
「…まあ普段はそうなんだけどね。」

言葉を濁した花京院はどこか楽し気ではあった。首を傾げてにこにこと(にやにやの方があっているかもしれない)している様子に私は心が落ち着かない。
手に持っている炭酸水をもう一度口に含んで、はたと思う。これは所謂、世間一般で言う、つまり、間接キスなるものではないか。
意識してしまえば最後。私の血液は顔に集まり、手が震える。
落ち着け、花京院は友達だ。花京院は友達。

「好きじゃあないからあげるってこじつけを作れば名前は受け取ってくれるだろうと踏んだんだけど、頭の中の作戦通り行かないもんだ。」

そこまで言うと花京院は真剣な顔をしてこちらに体を向けた。
厚そうな胸が目の前に広がって、吸い寄せられるかのように私の手が花京院に触れる。

「間接的だけどキスしてしまったね。」

まるで秘密を共有するみたいに小さく響かせた声が私を撃ち抜いた。本当にもうやめてくれ。
私も花京院も暑さでやられたんだ、きっと。

そう思い込もうと目を瞑れば肩と頬に熱い手の感覚がして、そのまま、引き寄せられて、

「暑さのせいになんてさせないよ。」

熱気を含んだ声で私の意識は引き戻された。



title:休憩
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