べるぜバブ小説

□望むのは
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随分と長い時間がたった。

随分と景色は変わってしまったが、

いまだに彼らがいるように思えてならない。

だから、私の足は自然とここに向かってしまう。

ヒルダが魔界から人間界におりたつと、雨が降っていた。

足は自然とある場所へ向かう。

降りしきる雨の中、ピンクの鮮やかな傘だけしか色がない。

町は、灰色。

見覚えはあるけれど、別の町になってしまった町。

少し濡れてしまった靴や服が重く、自然と足取りも重くなる。

本当はいきたくない。

けれど、信じられないから。

ヒルダの足が止まった。

目の前にはお墓。

「久しぶりだな、男鹿。」

お墓に向かい何度も呼んだ男の名を呼ぶ。

「たつみ、、、。」
もう一度呼ぶが雨に打たれる石からは返事はこない。

わかっている。

そんなこと。

「お久しぶりでございます。お母様、お姉さま、お父様。」

男鹿家のヒルダの新しい家族の名を呼んだ。

やはり、返事は返ってこない。

前だったら、

男鹿はきっと、

「、、、おう。」

とそっけなく答えていたのだろうな。

お母様たちは、
とびっきりの笑顔で、
「お帰り、ヒルダちゃん。」

と。

お母様のいる台所からは、お味噌汁の匂いとコロッケの匂いがして、

お姉さまがアイスをくださって、

リビングからは坊ちゃまとお父様の笑い声が聞こえて、

男鹿の

「飯まだ?。」
という声が聞こえてくる。

もう今は聞こえてくることはないけれど。

ヒルダの手から傘が落ちた。
傘は小さくしぶきを上げ、足元に転がる。

空を見上げると淀んだ雲が広がっていた。

「、、、こんなにも灰色のこの世界を見ると、魔界とさほど変わらないのに、こんなにも私と貴様は遠かったのだな。」

「貴様は、年をとって、老いて、そして死んだ。たかが100歳そこらでだ、周りの者も。だが、私は生きている。あのころと変わらぬ容姿でな。」

「今となってはいくつかもわからぬ。」

口元を上げ微笑むヒルダには皺ひとつない。

「貴様はただでさえ早いスピードで生きておったのに、はやすぎるのではないか。」

「それでも私にとっては一瞬でしかない100年の間に、貴様は私以上に真っ直ぐに生き、出会い、戦ったのだろうな。」

髪が、顔が、服が、靴が、全てが雨に濡れる。

「坊ちゃまは、立派な魔王になったぞ。顔立ちが貴様に似てきたが、貴様のような阿呆の顔はしていない。」

「たつみ。よく、、、戦ってくれた。大切なことを教えてくれた。坊ちゃまを育ててくれた。」

エメラルドの瞳に雫が伝う。

ただひとつ伝えたいことがあった。

意地っ張りで、強がりで、負けず嫌いだからいえなかった。

ずっといいたかった。

今となってはもう遅いが。

きっと、雨が貴様の元へ運んでくれるだろう。


「生きててくれて、、、ありがとう。」


これから私は、何百年と生き続けるだろう。

本当は、皆と、
貴様と、共に同じように、
年をとって、
皺だらけになって、
老いて、
年に一度の誕生日が待ち遠しくなって、
また、ひとつ、
老けてしまったなって、
笑いあって、
生にしがみつきながら、
一緒に生きたかった。
一緒に、時を止めたかった。

望むのは、

ただひとつ、

あなたと同じ時を刻みたい。

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