羅刹篇
□居場所
1ページ/3ページ
〜羅刹 第五章 『居場所』〜
宙を舞った笠が地面に落ちた。
「あれや、危なかったねえ」
笠と前髪を少し斬られただけで済んだ勒七。
口調に焦りはないが、状況は悪いままである。
「助けなくちゃ!!」
綾菜が真っ青な顔で悠助に縋り付くが、悠助は勒七から目を離さなかった。
「勒七は助けてくれとは言っていない。刀は何かを傷つけるかもしれないが、守る道具でもある。
今俺が勝手に助ければ、勒七が刀を抜いた意味はどうなる。俺は差し出者になるつもりはないよ。
それに、勒七は愚者(おれもの)じゃない」
その言葉に綾菜と桜は息を呑んだ。
気付いているのだろうか。
その言葉が、己の殻に罅をいれるものだということに。
悠助の目はいやに真っ直ぐだった。
「死ねー!!」
その声に我に返った綾菜と桜が勒七の方を見ると、二人はお互い攻撃を仕掛けていた。
地に塗れたのは男だった。
「わっちは、こんな所で死ぬわけにはいかないんだよ」
烏が一匹
飛び去った
「痛っ!!も、もう少し優し痛っ!!」
あの後、幼女の案内で近くの長屋に来た悠助達は、其処で勒七の手当てをしているのだが……。
先刻から痛いという言葉しか聞こえてこない。綾菜が、些か乱暴に手当てをしているからだろう。
ぐったりとしている勒七に対して、綾菜は大層ご満悦だ。
「助けてくれてありがとう。あたいは椿」
「わっちは勒七。それと悠助、綾菜、桜だよ。此処は椿の家かい?」
ちょこんと座っている椿に、何とか調子の戻った勒七が尋ねれば、肯定の返事が返ってきたが……その表情は何とも悲しそうだった。
その時
「誰かいるのかい?」
不意に戸が開いて、数人の男女が顔を覗かせた。
悠助達は驚いたが、町人はそれ以上に驚いたのだろう。
戸を壊さんばかりの勢いで家の中に入って来た。
「椿ちゃんじゃないか!!」
先頭の女がそう叫べば、口々に椿の名を呼び、あっという間に椿は見えなくなってしまった。
椿に触れられないことは何等問題ないようで、椿の顔にも悲しさは無くなっていた。
部屋一杯の暖かさは、何とも心地よかった。