☆穂積と小野瀬

□アメリカ
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〜小野瀬vision〜



 アメリカに行く事になった、と穂積から聞かされたのは、出発する3ヶ月前の、火曜日だった。



 この頃、穂積は刑事二課にいた。

 詐欺や贈収賄など、いわゆる知能犯罪を扱う部署だ。

 警察庁採用でキャリアの穂積は、初年度から、警察大学を皮切りに、教育研修や訓練などで出向続きだった。

 実際、入庁式での初対面以来、ほぼ1年、俺は穂積の顔を見なかったほどだ。

 警視庁に来て俺と再会してからも、警備部や刑事部などの中で、再三、配置を変えられていた。

 幹部候補生だから、将来の為だから、と言えばそれまでだが、ようやく新しい仕事や環境に慣れた頃、全く違う部署に移らなければならないというのは辛いものだ。

 だが、穂積という男は、俺の知る限り、上からの命令には粛々と従ってきた。

 仕事に関して天賦の才を持ちながら、いつでも驕らず真面目に取り組み、人間関係にも気を遣う。

 どんな環境でも、どんな仕事を与えられても、穂積が必ず頭角を現すのはその成果だと、この頃の俺には分かってきていた。

 その穂積に、今度はアメリカへの辞令が出た。

 こちらは技官である鑑識官、穂積は警察官だという違いはもちろんある。

 だが、穂積と俺とでは時間の流れが違ってきている気がして、俺は、穂積からアメリカ行きの話を聞かされ、その夜バーに誘われた時も、何となくもやもやしていた。



穂積
「急に誘って悪かったわね」


 俺の車の助手席に乗り込むなり、穂積はそう言って謝った。

小野瀬
「どう致しまして。ちょうど、急ぎの分析が終わったからね。タイミングが合って良かったよ」


穂積
「鑑識も大変よね。あんな緻密な仕事なのに、毎日『早く早く』って急かされて」


 穂積がシートベルトを装着したのを確かめて、俺は車を発進させた。

小野瀬
「まあね。でも、俺たちがぐずぐずしてたら、刑事が犯人を逮捕出来ないから」


 確かにそうだわ、と、穂積が頷いている。

小野瀬
「それより、アメリカのどこだって?」


穂積
「1年間の予定で、ニューヨーク市警とロス市警ですってよ」


 俺は口笛を吹いた。

小野瀬
「凄いね。一般の警察官なら、何度も申請を出して、しかも、筆記と面接の試験に合格しなきゃ行けない場所じゃない?」


穂積
「らしいわね。ワタシの場合は否応無しだけど」


 穂積は、にこりともせずに答えた。

穂積
「ま、FBIやICPOの見学も日程に含まれてるし、滅多に行けない場所なのは間違いないわ」


 それに、と穂積が付け加えた。

穂積
「向こうにいる間は、この忌々しいおネエ言葉も封印出来るしね」


 俺は、声を立てて笑ってしまった。

小野瀬
「穂積にはアメリカの空気が合うんじゃない?」


 穂積の軽口に合わせて、何の気なしに出た言葉だった。

 穂積の実力なら、きっと、向こうでも充分通用する。

 警視庁というしがらみから解放されて、もっと自由に力を発揮出来る。

 そういうつもりだった。

穂積
「どういう意味?」


 だから、穂積が真顔でこちらを向いた時も、俺は、穂積の態度が変わった事に気付くのが遅れた。

小野瀬
「向こうなら金髪も普通だし、お前単身赴任だろ。日本にいるより気楽かもしれないよ」


穂積
「……そうかもな」


 穂積は静かにそれだけ言った。


 

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