☆穂積と小野瀬

□アメリカ外伝・2
1ページ/1ページ

〜*アメリカ外伝・2*〜



〜小野瀬vision〜



 穂積の帰国が決まった。



 その日が迫ってくるにつれて、俺は、自分でも呆れるぐらい落ち着かなくなっていた。

 桜の蕾とカレンダーとを見比べながら過ごす日々は、一日の長さが普段より長いような、短いような。

 穂積の方も残務処理やら挨拶廻りやらで忙しいようだが、それでも、国際電話での声は弾んでいて、帰国を楽しみにしている様子が伝わってきた。



 そして、帰国1週間前。



 ロサンゼルス国際空港。

小野瀬
「…………来ちゃった」

 そう。

 俺は、なんと、ロスまで穂積を迎えに来てしまったのだった。



 誤解の無いよう補足しておくけど。

 これは、俺が、待ち遠しさを募らせたあまり暴走したわけではなくて。

 数日前の国際電話で、穂積が、『チケット取るの面倒臭えな』から始まって、

穂積
『到着は羽田だっけ成田だっけ?』

穂積
『アパートの契約解除って当日でいいのか?』

穂積
『拳銃携帯してるんだけど、このまま持って帰っていいのかな?』

穂積
『俺のパスポートどこに置いたか知らねえ?』

 などと、背筋が寒くなるような事ばかり並べ立ててきたからだ。

 穂積という男は、どんな事でも人並み以上に出来る男だ。

 ただ、どういうわけか、自分の身の回りの事が全く出来ない。

 俺はそれを忘れていた。


 俺は、翌日すぐさま自分と穂積の上司に相談し、その結果、穂積の帰国にまつわる身辺整理のため、正式にロサンゼルスに派遣される事になったのだった。


 前回、ニューヨークには2日間遊びに来ただけだったが、今回ロスには1週間。

 それでも全く余裕がない。

 俺は毎日穂積を引っ張ってあちこち手続きに奔走し、へとへとになりながらも、どうにかこうにか、予定通りに帰国出来るよう、全ての身辺整理を終わらせた。

穂積
「小野瀬って優秀だなー」

 当の本人はそんな感じで、あまりの悠長さにぶん殴ってやろうかと思ったけど。


 (余談だが、この時、俺は穂積の帰国の手伝いなどせず、穂積自身が問題を解決するまで放っておくべきだった。

  何故ならこれ以降、穂積は、自分の身の回りの面倒な事を、ほとんど俺に押し付けるようになってしまったから。

  穂積が新幹線の切符の買い方を覚えようとしないのも、結婚式に行くのに香典袋を探したりするのも、いつも俺が代わりにしてやってしまったからだ。

  だが、今ここではそれについて長くは語らない。

  何故なら、もう、全てが後の祭りだからだ。)


 帰国当日、空港に到着してタクシーを降りる頃には、俺は疲れ果ててぐったりしていた。

小野瀬
「……やってもやってもやり残した事があるような気がする……」

穂積
「あとは飛行機に乗るだけじゃねえの?そしたら、約12時間で成田だろ?」

 穂積は相変わらず元気で、先に立って俺のスーツケースまで引っ張っていってくれる。

 ……お前も少しは悩め。

 ところが、出発ロビーに到着して、驚いた。

 そこには大勢の老若男女が待っていて、穂積の姿を見ると大歓声を上げたからだ。

 平日の昼間だというのに、100人を超える人々が穂積の見送りに来たと知って、俺は仰天してしまった。

 風格のある男性は、ロス市警の副署長だそうだ。他にも各部の部長、課長たちが、次々に穂積を抱き締めたり、肩を叩いたりする。

 どの顔にも、穂積への純粋な愛情が溢れていた。

 制帽や制服、バッジなどのグッズもどっさり手渡され、穂積の両手でも抱えきれないほど。

 同僚たちは明るく壮行歌を歌い、順番に励ましや別れの言葉を言いながら、穂積を小突きまわした。

 女性たちはさらに過激だ。

 みんなして穂積を取り囲んだかと思うと、めちゃくちゃに抱きついたりネクタイをむしり取ったり、この時とばかりに熱烈なキスの雨を降らせたり。

 中にはなんとニューヨーク市警のジョーも来ていて、みんなにもみくちゃにされて動けない穂積にしがみついて、泣きながら濃厚なディープ・キスを見舞っていた。

『ルイ!愛してるわ!』

『絶対にまた来いよ!』

『元気でな!』

『元気でね!』

 ようやく解放された穂積は顔じゅうにキスマークをつけたまま、たくさんの声援に応えて、きっちりとロス市警式の敬礼を返した。


 こうして、ロス市警の面々&ニューヨーク市警のジョーとホットドッグ屋の親父たちの盛大な見送りを受けて、穂積と俺とは、ついに、ロサンゼルス国際空港を飛び立ったのだった。



小野瀬
「凄い見送りだったね」

 たった半年間の日本からの研修生には似つかわしくない、盛大なセレモニーだった。

穂積
「やり過ぎだろ。犯されるかと思ったぞ」

 穂積は、さっきから、キャビンアテンダントにもらったおしぼりを、両手で顔に当てている。

 キスマークが消えない、と言いながら穂積がおしぼりを離さないその本当の理由に、俺は気がつかないふりをした。



 しばらく仮眠をとって目覚めると、穂積は起きていて、髪を櫛で梳いていた。

 空港には刑事部や警備部の部長が出迎えに来ているはずで、ネクタイを取られた上に髪が伸び放題では、さすがにまずいと思ったんだろう。

 動き出した俺に気付いて振り返り、おはよう、と微笑む。

 その顔は、もう、いつもの穂積だった。

 研修の間伸ばしていた髪は、俺よりも長い。

 それを、首の後ろでひとまとめに縛ろうとしているらしい。

小野瀬
「貸して」

穂積
「ん?」

 俺は穂積の手から櫛を受け取ると、穂積に身体を捻るように促して、俺に背を向けさせた。

 穂積の髪はさらさらなので、縛るのは意外と難しい。

小野瀬
「伸びたね」

穂積
「前髪は自分で切ってたんだけどな」

小野瀬
「休みに理容室に行く時間ぐらいあっただろ」

穂積
「知らない奴に髪を触られるのが嫌いなんだ」

小野瀬
「俺はいいの?」

 ちょっとだけ嬉しくなって、俺は訊いた。

穂積
「お前なんか怖くねえよ」

 背中を向けたままだけど、穂積が笑ったのが分かった。


 そうか。

 穂積の弟の瞳くんに聞いた事がある。

 穂積が髪に触られるのを嫌がるのは、幼い頃から毎日のように金髪をからかわれたり、引っ張られたりしたからだと。

 時には血が出るほどむしられたり、ハサミでバサバサに切られて帰って来た事もあったと。


小野瀬
「綺麗な髪だよ」

 俺はヘアゴムを一気に締めて、細く柔らかい髪をまとめた。

穂積
「ありがとう」

 俺の言葉に応えたのか、髪を縛り終えた事に礼を言われたのか分からない。

 分からないけれど、どちらにせよ、感傷的な気分に浸っていたのは俺だけだったようだ。

 顔を上げた穂積はもう、プライベートの表情ではなかった。

穂積
「見ろよ、小野瀬。東京だ」

 穂積に誘われて窓から眺めれば、遥か前方の眼下に、高層ビルの林立する首都の遠景が見えてきていた。

穂積
「事件が起きてる」

 こいつの目には、もうすでに、あの街を走る警察官たちの姿が見えているんだろうか。

小野瀬
「そうだね」

 俺は頷いてから、懐かしそうに目を細めている穂積の横顔を見つめた。


 今も、そしてこれからも、俺たちはあの街で事件を追い、事件に追われ続ける。

 そうして走り続けるんだ。


 今日からまた肩を並べて、穂積が俺の隣を走ってくれる。




〜END〜



→最後までお読み頂き、ありがとうございます。

実は、シリーズ続編「アメリカ外伝・3」もございます。

掲示板『穂積と小野瀬について』にて、リレーSSでお楽しみ頂けます。

ニューヨーク市警から東京に研修にやってきた3人が巻き起こす騒動をご覧下さいませ。

掲示板はこちらから→ 〜掲示板ひだまり≪リレーSS『アブナイ☆恋のウェディング・ベル』2023/3/19更新!≫〜
※次章「ニューヨーク珍道中」はApple townの清香さんの作品です。
次の章へ
前の章へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ