還る場所

□act.08 崩壊
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名を奪って。
居場所を奪って。
ずっと、
縛り付けていた。


そう、私の存在が、
あいつを殺す──…









シンと静まった室内。
カタカタとキーボードを打つ機械的な音が小さく響いている中で。
画面いっぱいに映る、文字の羅列を目で追いながら、カガリは無心に指を滑らせていた。
一心に集中し、身体も、思考も、休む事から逃れるように。
いらぬ雑念に、胸を痛める隙さえも与えぬよう、ただ、ひたすらに。
ともすれば現れてしまう、弱くて、女々しい自分を意識の外に追いやって。
呑み込まれぬよう、意識を保つ。

強く、ならなければ。
でないと、何も守れない──…


「…っ……」


突如。目眩が襲い、カガリは右手で軽くこめかみを押さえた。
このところ頻繁に頭痛や目眩が起こっている。
あまり体調が良くないのだと、自覚はしているが。
だからと言って、体を休める気など起こるはずも無かった。
それよりも、今はとにかく世界情勢を、各国の動きを少しでも把握したくて。
カガリは中断していた指先を再びキーボードの上で滑らせ、画面上に視線を走らせた。
だが、それは間もなく中断される事となる。
来客を教えるブザーが室内を満たしたからだ。


「……?」


ぴたりと指の動きを止めて、カガリはドアの方を見やった。
そうして、首を傾げる。
誰かが、自分の元へ訪ねて来ることは珍しい事では無い。
けれども、今は夜も更けた頃合い、深夜に近い時間帯であった。
…キラ、だろうか?
時間が時間なだけに、キラ辺りだろうと想定しながら、カガリは腰掛けていた椅子から立ち上がりドアに向かった。
近頃は頻度を増し、自分の様子を窺いに来る片割れ。
自分の半身だからだろうか。キラの側は無条件にカガリに安心をもたらす。
だけど……
キラが何を思って、自分に構うのか。
それを分かっているから、カガリは躊躇する。


「…キラか?」


僅かな逡巡を浮かばせて、カガリはドアを開いた。
ドアの開く音が耳に入り、ふっと頭上から影が差す。
視線を持ち上げ、見上げたそこに、無理矢理に笑みを浮かばせようとして。
だが。
キラの姿を予想していたカガリは、しかし目の前に映し出されたその姿に、ゆっくりと瞳を見開いて、強張った。


「カガリ…」


囁くように呼ばれたその声に、カガリの全身に震えが襲う。
全くの想定外だったのだ。
アイツは、私のところになど来るはずが無いと、そう漠然と思っていたから。
だって、お前は…


「…あす…らん…」


眼前に佇む彼の姿に、瞬きする事さえ忘れて。
カガリは無意識に彼の名を零した。



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