海のお話

□■冥王と麦わらの一味■
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ゆるい波が寄せては身体を砂の上に押し上げる。音は静かだった。なぜ、温かいんだろう。これから夜に、なるんじゃないのか…

波がやってくる度、タケルの顔は半分浸かった。口が半開きになっているせいで、中に海水が入り込んで来る。けれど横倒れた身体を仰向けにする気力さえ起こらなかった。熱く、息苦しい。一体、僕はどうなったんだ…ここは、どこだ…

薄く目を開けてすぐ、遠くに人が倒れているのを見つけた。10メートルは離れているだろうか…自分と同じように浜に打ち上げられている。…アカリ…?でも、髪が長い…

タケルは片目で目を凝らしたが、その長い黒髪のせいで顔は確認できなかった。ただ、自分と同じように全裸だ。

「…?」

その鮮やかなオレンジ色は、タケルの目にすぐに飛び込んで来た。岩影から現れたのはクマだった。白いクマが服を着て、二足歩行で歩いている。

あんなに重たいと感じていた身体は、可笑しさのせいで小刻みに震えた。おいおい、僕の頭はおかしくなったのか?こんなとこになんであんな着ぐるみが…
「笑わせるな…」

呟くように言った。まだ身体は熱いが、どことなく息苦しさは薄れて来たような気がする。
大丈夫だ、アカリ…僕はまだ死なない…

クマはこちらに少し目をやったような気がしたが、すぐに女の傍に座り込んだ。タケルは熱さに歯を食い縛りながら二人を見ていた。しばらくして、クマが女を抱えあげる。

「!」

クマの腕の中で露になった女の横顔は、間違いなく自分の妻だった。苦しそうに顔を歪め、肩で息をしているように見える。
「アカリ…!」

力のない声は波にさらわれてしまう。クマはそのまま、タケルを見つめているようだった。伝わらないと分かっていても、気持ちが洩れだしてくる。

「や、めて、くれ…クマ…」

「……」

「連れて、いくな…ぼ、僕の、妻だ…」

必死で手を伸ばした。どうしてだか外見が若返ってはいるが、あれは間違いなくアカリだ…!

例えこれが僕が作り上げた夢だとしても。天国でも、地獄でも。救わなくては。傍に、いかなければ…


きっと同じ症状に苦しんでいる。アカリは僕よりも身体が弱いから、何倍も辛いかもしれない…

クマがこちらを見つめていたのは、ほんの一時だった。背を向けて歩き出したのを見て、タケルは目を見開いた。


「アカリ…!」

どんなに立ち上がろうと試みても、まだ足に力が入らない。なんとか動き出した腕を立て、砂に指を沈めながら、這うように進む。

「待て…!クマ…」

すぐに力尽きて波間に顔面を打ち付けてしまう。顔を上げた時にはもう、クマとアカリの姿は見えなかった。

「くそ…!」

夢なら、覚めてくれ…!

なぜ、明るいんだ。浜があるんだ…アカリ…どうして、出会った頃のアカリに…

「……」

そういえば、僕も…メガネ無しで、この距離でアカリの顔が見えた…どうして…

考え込んでいると、複数の足音が聞こえて来た。砂を踏み込む音が、近くで止まる。タケルは眉を寄せるだけで、抗えはしなかった。

肩をつかまれ、力尽くで仰向けにされる。

「ほー、$|い男*@」

「$%&…売れ$*@#|&?」

こちらを覗き込んでいるのは二人組の男だった。品定めするように何度も身体を翻してくる。タケルは力を込めて睨み付けた。

「何をする…!お前ら、誰だ…!」

男の一人がみぞおちを蹴り上げて来た。タケルは唾液を飛ばして身体を丸めると、あまりの苦しさに大きく唸る。


「うううう…!」

「おいおい、殺すんじ*ね?*$」

「悪い、&#@'/|。でも、なかなか%&」

「よし、%&)*/?'@」

タケルは身体を担ぎ上げられ、板張りの船に乱暴に投げ入れられた。

身体はもうピクリとも動かなかった。ぶり返した苦しさに目を閉じる。アカリ…アカリ…必ず、助けに行くから…死なずに、待っていてくれよ…お願いだ…

「ん?おい、あれ。?/*&」

「な$?-'!?あのクマ、なんか探して$&*/?$…」

男たちのその会話を聞いたのを最後に、タケルの意識は深い闇へ落ちていった。
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