海のお話
□●対決!キッド海賊団●
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――アカリ、ベッドから落ちるつもりかよ。フフ…大丈夫だ、見ないから。ほら、こっちに来い――
「…タケル…」
アカリは口から洩れた自分の声に目を見開いた。浅い眠りからだんだんと頭が冴えてくる。温もりは愛しい男の肌ではなく、黒くたゆんだ大きな毛布だった。
「……」
青く照らされた室内に、現状が冷たく浮かび上がっている。丸窓から見える景色に、ほとんど変化はない。たゆたう白い根が空からの光を含んで、時折銀色にきらめいている。
(寒い…)
下がってきた室温に身震いして、あらためてローの部屋から持ち出してきた毛布にくるまった。言うことを聞いて、良かった…あったかい…
膝を抱えて柔らかな繊維に頬を寄せる。こうやって長いことまどろんでいると、本当に夢を見ているような気になってくる…起きたら、タケルが傍にいないかな…ねえ、どこにいるの?いつ、会えるの…
アカリは温もりの中で口元を緩ませた。毛布の中で深く深呼吸する。どうしてだろう。会いたい気持ちが募り過ぎて、頭がおかしくなっちゃったのかな…
(タケルの匂いがする気がする…)
『プルプルプル』
「!」
震えた電々虫の受話器をすぐに持ち上げる。声は自分でも驚くほど大きくなった。
「もしもし…!!ロー?!」
『……フフ、ああ。無事か、アカリ』
「う、うん!みんなは?大丈夫?」
『予定より少し手間取ったが、問題ない。もう海岸線が見えている』
アカリは身体の力を抜いて笑んだ。
「良かった…」
『それからもう一人、船に乗ることになった。少々でかい奴だが、怯えるな』
「えっ、う、うん、わかった」
仲間が一人増えたんだ…ちょっと緊張するけど、いい人だといいな…
アカリは再び丸窓を見上げた。ピンク色のクラゲが、遠くで発光している。
「ねえ、ロー…もしかして、ローもこうやって、この島を眺めてたことがあるの?」
『…余計な時間を取らせるな。操縦室に向かえ。早く浮上を』
『キャプテンずるい!おれもアカリと喋りたい!』
『あっベポ!次、オレな!』
『やめろ二人とも…ああ、もう!!見てないで引き剥がしてくれよジャンバール!!』
『……』
二人の声が遠退いて行くのを、アカリは微笑んで聞いていた。
『アカリ、船をすぐに浮上させろ。潜水の逆の操作をすればいい。できるな?』
「う、うん…」
『…大丈夫だ、どこに浮上しても、必ず見つけてやる。船を発見次第、シャチとペンギンに向かわせる予定だ』
「ローとベポは?」
『…岸に隣接していれば、すぐに向かうつもりだがな…特段警戒することでもないが、ただの用心だ。まあ、会ってから話す』
『あのな、今話してんのは、船長の女なんだ』
『そうだぞ、ジャンバール』
『ちょっとでも触ってみろ。バラバラにされて海に捨てられることになる』
『そういうことだ、ジャンバール』
『…二人とも押さえ込まれながら何脅してんだよ…』
アカリが口を開こうとすると、聞き慣れない低い声が響いた。
『今の話は本当か』
『…まあな。訂正するとすれば、アカリは俺のものだが、女になるのは今夜だ。…触るんじゃねぇぞ』
『…了解した』
「ちょ、ちょっと、何言って…」
アカリは心臓を押さえ込んだ。耳まで熱くなりそうだ。何をされても、文句は言えないって、分かってるけど…
『…よし、浮上させろ、アカリ。指示を出す』
「えっ、うん、今から行くよ」
『…何してる。早く移動しろ』
「ねえ、ロー。お願いがあるの」
『なんだ』
「浮上したら、甲板に出てもいい?どうしても、この島が見てみたい。底があんなにキレイなんだもの。上がどうなってるのか」
『ダメだ。何があるかわからねぇ島だと言ったろ』
「でも、ローたちの視界に入ってれば」
『ダメだ』
アカリは表情を曇らせて、電々虫を見つめた。自分が人より少しばかり頑固者だと思うのは、いつもこういう瞬間だ。望みは何にも揺さぶられない石になって、叶う以外に転がろうとしなくなる。
「嫌よ。絶対、外に出る」
『…アカリ。言うことを聞くんだ』
「別に島に降りたいって言ってるわけじゃないのに。どうしてダメなの?」
『……』
「自分の目で見てみたいの。ちゃんと出迎えもしたいし…お願い」
『…まったく…それじゃ、扉を出たらそこを動くな…わかったな?』
「うん!」
電々虫を手に立ち上がると、片手に毛布を抱えて扉を開けた。美しく光る丸窓の外に、笑みを返す。
「…ありがとう」
アカリは青い部屋を出て、早足で操縦室に向かった。