壁のお話

□来たる日の為に
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なりたいものは何か、そう何度も問われてきた。

料理を振る舞った時、世界一美味いと褒めてくれた父親に。初めて人を好きになったことをこっそり告白した時、母親に。
さよならと手を振った姉さんの背中を見送った時は、自分自身が。なんになりたいのか、強く問うてきた。

「このノロマ共め…!!またいつもの面子か…!!貴様らまさか協定でも結んでやしねぇよな…?!悪いが飯抜きとひと月清掃班の罰は等しく免れんからな…!!」


「はあっ…!はあっ…!」

乾いた土から砂埃が舞っている。サニカ・ラルは遥か前に見える訓練兵の集団が、その中に消え失せて行くのを見た。疲労した足腰が、こもる熱にうかされたまま上がらなくなってくる。鼻から息を数回吸って口から吐き出せと教わったが、そこに何の効率を得られるのか疑問だった。今鼻から息を吸い込んだら、咽び死んでしまいそうだ。

「全く…!貴様らのようなのを劣等と言うんだ…!!このままでは兵士という簑に守られる為にここに来たと…!!そう勘繰られても文句は言えんぞ…!!」

「はあっ…!はあっ…!!」

「開拓地に戻るなら今かもしれん…!!まあ、せいぜい励めよノロマ共…!!」

馬を速めた教官の姿が数秒で見えなくなると、周りで足を揃えていた訓練兵達が、途端にその速度を緩めた。

「…!」

サニカはたった一人孤立したような、そんな心細さに襲われた。自分の呼吸だけがやけに大きく聞こえて、よく晴れた空は清々しさではなく、突然訪れた先の読めない空虚を演出している。

…あぁ…今日で何回目だ…劣等生って言われたの…入団してから、もう一年が過ぎた。…訓練で体力差を考慮しても、卒業演習は全員同じコースだって教官は言ってた。…力の無い奴はいらないって、その説明の時点で諭されてる…

「はあっ…」

遠い砂埃が消えて行くのをぼんやりと見つめた。弱くなった意識が徐々に足を緩める。そうすると今度は痺れた足の裏がひどく痛んでいるのを実感した。…痛い…苦しい…もうダメかもしれない…下位10名どころか棄権組になって、追加訓練…?で…過労と時間のなさで、皆とは更に差が開いて…脱落…組…

「やだっ…はあっ…!そんな…のっ…!」

けれど気持ちとは裏腹にずるずると足を引きずった。足だけでなく全身に疲労がずしりとのしかかってくる。止まるな…止まったら、本当に動けなくなるかもしれない…
…でも…もう…限界………

「はあっ……ぁ…」

見晴らしの良くなった視界の真ん中で、金の髪が陽の光を弾いていた。その光に目を据え、唇を噛んで再び地面を蹴り上げる。

「…アルミン…!」

目の前が晴れ渡っているのがどうして不安だと思うのか。サニカにはそれが分かっていた。幼い頃からいつも、何をするにも姉さんが傍にいたから。一人ではなにも決められなかったから。でも、今は違うんだ。私は自分で決めて、ここに来たんだから…!

「はあっ…!はあっ…!!」

「はあっ…!うわ…!」

「?!」

手が届く距離ではなかったが、短くそう叫んだ後、突然アルミンが前のめりになった。とっさに歩幅を広げ、その背中を掴んで引っ張る。勢いの予想は少しもつけられないまま、サニカは顔面を地面に打ち付けた。

「いっ……!!」

「いたっ…!……あっ!!サニカ…!!ごめん、大丈夫?!」

「いたあああぁっ…!!」

額を押さえて立ち上がると、アルミンは尻の砂を払うのをやめて目を見開いた。

「ちっ、血が出てるよ…!!一緒に戻ろう、早く救護班に」

「ダメ!せっかく、ここまで来たのに…!早く行こう!」

「でも、僕のせいで…!」

「ううん、これでおあいこ」


「え?」

「後ろの子達、追加訓練を覚悟したみたい。だから、ビリはアルミンか私か、どっちかってこと…!」

「あぁっ、待ってよサニカ…!!」

足が痛いどころか、額をケガした。次に転んだら起き上がる自信もない。ゴールしたところで劣等生の札はついたまま。…でも、また。鍛えることを許された明日が来る。

「はあっ…!はあっ…!」

サニカは雲ひとつない空を仰いで、微かに笑った。

私は、戦士になりたい。
立派な戦士になって。夢を、叶えるんだ。
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