壁のお話

□トロスト区攻防・奪還作戦
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兵団本部の備蓄庫の周りでは、指示を出す駐屯兵と訓練生が忙しなく行ったり来たりしていた。104期最後の任務は武器の整備やガスの貯蓄、馬小屋や、民間の水路の清掃など様々だった。明日、兵団における1期を更新することになる。サニカは真新しい木材を胸に抱え、班員が任務に従事しているであろう壁の上を見上げて深呼吸した。

…去年の今頃は、宿舎の大掃除をしてた。本当に、卒業したんだ…何だかまだ、実感湧かないな…

「お待たせサニカ…!」

木箱を抱えたアルミンが本部から出てくる。並んで道なりに歩きながら、サニカは箱の中を覗き込んだ。

「あった?ノコギリ」

「うん、ちょっと錆びてるけど、持ち出し許可を貰ったよ。あとは木槌と釘を少し…本当はやすり紙も欲しかったんだけど…」

「やすり?出払ってたの?」

「…いや…台座強化用に申請したら、そんな場所を見栄え良くする必要はないだろうって、酷く飽きられたんだ…」

「アハハ…!」

「おかしいとは思わない?固定砲は巨人の殺傷能力に優れた武器だ。台座の整備だからって気を抜くから武器の資質だって向上しないんじゃないか…僕は何も、美しい外観を保つ為に申請した訳じゃない。やすりをかければ、腐れや害虫の発生率が低くなるし…それに…」

「そんなの、気付かない人がほとんどだよ。言うなればそれは、些細なこと、でしょ」

「…そうなのかな…」

「でもアルミンが技巧に進めば、武器だけじゃなくて立体起動や民間の生活圏まで問題点が浮き彫りになると思う」

「技巧?」

「なんか想像するだけですっごく楽しみ!ねぇ、他にはどんな改善点があると思う?いつもマルコと難しい話してるけど、私にも教えてくれない?」

揚々と頬を上気させるサニカに、アルミンは困ったように笑った。

「…僕は技巧には進まないよ。サニカと同じ、調査兵団志望だ」

「…え…?」

あいつは技巧に進むべきだと神妙に語ったエレンの顔が浮かぶ。ぽかんと口を開けたまま見つめると、アルミンは喉の奥で笑った。

「…サニカって、本当に分りやすいね。僕も教えて欲しいな。エレンと二人で、一体どんな話を?エレンが僕に気を使っていたことも、サニカは知ってるんだろ?」

「……」

「あ…いや、責めてる訳じゃないんだよ。二人を近付けたのは、紛れもなくこの僕だからね。ただ、アニに頼まれたことが凄く意外だったから、ちょっと心配だったんだけど…でも、結果的にエレンとサニカが仲良くなれて、良かったと思う」

「ほ、本当に?」

「ああ、もちろんだよ。エレンは以前より、溌剌と訓練に励めていたし…それに、普段無口なアニの人柄も分かったしね。サニカを見てるとムカついて仕方ないから、どうにかしてくれないかって、すっごく怖い顔で頼んで来たんだ。だから僕、その時吹き出しちゃってさ」

「アハハ…!なにそれ…!」

「ふふ…とにかく、色んな発見があったよ。エレンには昨日打ち明けたんだ。その…ミカサも一緒だけど…これからも宜しくね、サニカ」

「うん!こちらこそ、宜しく。ミカサとのことは、ゴメンね?なんか最近じゃ、視界に入るだけで殺気を送られてる気がするっていうか…」


「うん…エレンへのあの執着心に対して、僕は理解しているつもりなんだけど…でも、他人に危害を加えることを想定していたとは言え、やっぱり目の当たりにすると、かなりの危機感を覚えるね…」

「えっ…ちょっと、脅さないでアルミン…」

「ハハッ、大丈夫だよ。ミカサもアニと同じで、感情表現に乏しいだけだ。根は優しい子だから」

「…そんなの…私だって分かってる…」

「それに、サニカには好きな人がいるだろ?だからいずれ、ミカサにもそれが…」

「……」

ゆっくりと歩を止める。サニカは目を細めて低く言った。

「…まさか、アニと予想を立てていたの?」

「えっ、ええっ?違うよ、予想っていうか…だから…見てれば分かる…」

今度は足を速めて近付きながら、叫ぶように聞いた。

「なんなのよ皆でっ…!私って一体、誰のことが好きなの?!」

「うわ、近いよサニカ…!ご、ごめん、僕の勘違いかもしれない…!何の確証もないのに、軽々しく口にしたこと、謝るよ…!」

「……」

昨夜のマルコの言葉が甦ったが、サニカは少しも信じていなかった。マルコはあんな冗談を言うし…私ってそんなに浮わついた態度を取ってる?…いや、そんなはずないよ…ハンナみたいに、一人の人のことで頭がいっぱいになるなんて、そんなの、初恋の時以来、一度も…

「そ…そうだサニカ…!」

口をつぐんで考え込むサニカを見兼ねたように、アルミンは前に進み出ながら言った。

「エレンから聞いたんだ、その…地図のこと」

「!」

「良かったら、僕にも見せてくれないかな?凄く興味があるんだ」

「うん…!アルミンにも見て欲しい…!ちょっと待ってよ、胸ポケットに入って…」

「いや、任務が完了してからで…!…うっ…?!」

「?!」

一瞬、空が眩く光った後、轟音が鳴り響いて街のドアやガラスが風圧にきしんだ。後ろに逃げていく民間人の悲鳴の中で、サニカは大きく上がった煙を凝視した。

「あれは…!」

現れた赤い生き物に息を呑む。煙に阻まれて全貌は露になっていないが、壁の上に浮かび上がる不気味な頭部のシルエットが、全てを物語っていた。

「超大型巨人…?!まさか…!」

隣で高い音が響く。アルミンの両手から木箱が落ちたのだ。散乱した釘が転がる中、アルミンはゆっくりと首を横に振りながら後退りしている。

「お…同じだ…あの、時と…」

「お、同じって…」

「くっ…!」

「ア、アルミン待って…!」

持っていた木材を投げ出し、先程まで歩いていた道を、スピードを上げて駆け戻る。
住民の避難を促す鐘の音が鳴り響く中、サニカは高鳴る心臓の音に経験のない震えを覚えて、生唾を呑み込んだ。
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