壁のお話

□女型の巨人
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配給されたパンの表面には、砂をなすったような細かい粒がきらめいている。指先に取ってパクリとくわえると、濃厚な甘さが舌の上を痺れさせた。沸き上がってくる唾液を呑み込んで、溜め息をつく。
…甘くて、美味しいな…

「いらねぇのか?だったらくれよ。私が有り難く食ってやる」

そう言いながらこちらに伸ばしたユミルの手を叩いたのは、やはりクリスタだった。いつもより大きな声が辺りに響く。

「やめてよ…!なんでこんな状況でそんな風に振る舞えるの…!ちょっとはサニカの気持ちを、考えてみてよ…!」

「チッ…食わねぇんなら貰ってもいいだろ?」

「…何でそう、ユミルは涼しい顔していられるの…?!」

「…あのなぁ、人なんてどうせ死んじまうんだよ。ましてや兵士が戦って死んだんだ。考えてもみろ。何も間違ったことは起きてない」

「だから、そういうことじゃなくて…!」

「あーあー、分かった分かった…!人道上、昨日の今日で軽んじた行動を取ることは間違ってると言いたいんだろ…正論だけどな。私はただ、本音で接してるだけさ」

「……」

「で?食うのか、食わねぇのか。どっちだ、ノロマ」

見下ろしているユミルをじっと見つめたまま、サニカはパンを一口かじった。そのまま地面に腰を降ろし、昨晩燃え尽きた死体の焼却場に目をやる。黒く変色したそこをぼんやり見つめて言った。

「…食う」

「…ああ、そーかよ」

「……」

雲ひとつない青い空が広がっている。天国はあの上にあるらしい。抜けるような色の先を見つめても、あるいは想像しても、何も見えて来ないことは分かっていた。分からないことを考えても仕方ないことだって、もちろん知っている。
でも、きっと、誰かを喪った人なら、一度は考えるはずだ。

どこに行ったんだろう。
今度はいつ、会えるのだろう。

「…まったく、どいつもこいつも世界の終わりみたいな顔しやがって…」

横目で辺りを見渡しながら、ユミルは呆れたように隣に寝そべった。昼食をとる訓練兵は皆、憔悴しきった様子で俯いている。淀んだ雰囲気から目を逸らしたのに気が付いたのか、優しい声が傍らから囁いた。

「…少し、眠るといいよ」

クリスタの瞼はわずかに腫れている。自分も同じような顔をしているに違いない。サニカは首を横に振った。

「午後の作業は用具清掃だけだし、仮眠は取らなくても、平気…」

「…ったく、いいから休めよ、面倒くせぇ奴だな」

「うわ…!」

後ろ衿を掴まれて、そのままグイと一息に引っ張られてしまった。勢いよく地面に背中を打ち付けると、上がった砂埃の向こうで、ユミルは半身を持ち上げてケタケタと笑っている。

「なんだ、やっぱりたいしたことねぇな。対人格闘の腕、上げたんじゃなかったのか?」

「ちょっと、ユミル…!」

「いったぁ…」

「ごめんね、サニカ…大丈夫?」

「…大丈夫…ありがとう」

「……うん」

昨晩は眠ったのか眠らなかったのか、よく分からなかった。空の青さが眩し過ぎて、ずっと見つめていられない。サニカは片目を手の甲で隠して、切れ切れに言った。

「こんなことが、ずっと続くのかな…いつか、終わるのかな…」

「……」

「終わらせ、られるのかな…」

言い終わる前に、ユミルが寝返りを打って背を向けた。低く唸るように言う。

「…終わるってなんだよ…巨人を一匹残らず殺しちまえば終わりか?」

「…それは…」

「…先に終わるのは世界じゃなくて、お前の方だろ。地獄ってのは永遠に続くって相場が、昔から決まって…」

「そんなことないよ、ユミル」

黙っていたクリスタが、サニカの上に身を乗り出してユミルに声を上げた。

「確かに、友達がたくさん、死んじゃったけど…私たちは一人になったわけじゃない」

「……」

「ここは地獄なんかじゃないよ…」

「…あぁ、そうかよ」

そのそっけない返事に、サニカはゆっくりと笑った。胸の淀みは晴れなかったが、それでも注いでくる光に、もう嫌悪を感じない。クリスタを見上げ、深く頷いて言う。

「当たってるよ。地獄で甘いパンは、きっと食べられないしね」

「ふふ…うん…!」

その後聞こえてきた馬の蹄の音に気が付いたのはユミルだった。身を起こして目を細め、打ち付けた背中を叩いてくる。

「おい」

「いった…!もう、何よ急に…!」

「誰かこっちに来るぞ」

「サニカの知ってる人…?…って、あの人、上官だよ…!は、早く立たなくちゃ…!」

「え…」

「チッ、誰だよこんな時に…」
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