海のお話
□■冥王と麦わらの一味■
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「おお、いい男じゃないか」
「何日も眠りやがってな、気味がわりい…でも、ただの人間だ。ちきしょう、今回は相場の額で諦めるぜ…」
「何も出品できないよりはマシだろう?金持には、若い男を囲う奴等もたくさんいる。大丈夫だ、ディスコさんが上手く値を上げてくれるさ」
タケルはぼんやりその会話を聞いていた。なんだか、周りが騒がしい…
「おい、起きろ。これを着て待機だ。全く、全裸のところを捕獲されちまうとは、お前相当なアホだな」
目を開けると、男が薄手の衣類を投げつけて来た。タケルはふらつく頭を抱えて、何とか立ち上がった。
「??なんだ、ここ…」
ピエロのような服を着た男たちが、世話しなく動き回っている。病院なわけないよな…ええと…そうだ、変な二人組に船で…
「さっさとしろ!」
後ろから怒号が飛んでくる。タケルは困惑しながら、そのボロボロの衣服を着込んだ。それを見計らっていたのか、すぐに男たちが両脇から腕を拘束してくる。
「?!な、何だ?!離せ!」
「ったく、暴れるんじゃねぇよ」
木目調の扉を抜けると、大きな黒い鉄格子が表れた。中に、人がいる…
「?あれ、ディスコさんじゃないか?」
「おい、どうしたんだ!!」
たくさん人が囲んでいるせいでよく見えなかったが、男が一人倒れているようだった。何人かが走り去って行く。
「医者呼んでくる!」
「くそ、もうすぐ開催時刻だってのに…!」
タケルは強く腕を引かれ、無理矢理鉄格子の中に投げ入れられた。後ろから腰の上に膝をつかれ、両手首を頭の上で鷲掴みにされる。
「な、何なんだ一体…!やめろ…!!」
その冷たい感触はほぼ同時にやってきた。両手首と首元。錠と、首輪…?!手元が鎖で繋がれているのを確認して、血の気が引いていく。
「やめて!!いやあ!!」
冷たい音は後ろでもした。若い少女が自分と同じように拘束されている。タケルは力付くで歩かされていたが、驚きのせいで目が離せなかった。な、なんだ、あの子の…下…
「ひ…!」
次に視界に入ったのはとてつもなく大きな足だった。おそるおそる視線を上げて、身体をのけ反らせる。
「な、な、んだ…!」
その男の頭は、ほぼ天井まで届いていた。身体から冷たい汗が滲んでくる。
なんてでかい…!!人間…!!人間なのか?!
「そんじゃ、大人しくしとけよ」
拘束していた男たちがにやついたまま鉄格子を出て行く。タケルは座らされた木箱の上で放心していた。さっきの少女をぼんやりと見つめる。
「離して!離してよ!」
少女の下半身には、尾ひれがあった。
ピンク色の鱗が美しく光っている。…人魚だ…。人魚…なんて、精巧な…どうやって出来てるんだ…彼女も、さっきの巨人も…
夢だこれは…タケルは頭を抱えて、奥歯を噛み締めた。夢に決まっている。だからこんな訳のわからないものを見るのだ…。アカリ…アカリ。君に会いたい…顔が見たいよ…
「やめろ!おらァ奴隷なんて嫌だ!!」
次に連れてこられたのはガタイのいい若い男だった。手錠と首輪を四人がかりではめられて、タケルの右隣に無理矢理座らされた。
「お願いだァ!金でも何でもくれてやるから!!外してくれェ!!」
「そんなら、より高値が付くようにストリップでもしてみせろ。客席に向かって尻を振るんだ、なまめかしくな」
男たちはせせら笑いながら出ていき、鉄格子にも鍵をかけた。にやついたまま、外からこちらを覗いている。
「い、嫌だ…奴隷になって一生、オヤジの相手、させられるなんて…」
タケルは右隣の男の様子に、顔を上げた。
「そんな気持ちわりぃ人生、考えたくもねェ…!」
「……な、なぁ、大丈夫か」
「い、嫌だ…!くそ…!」
男はタケルの声が耳に入らないようだった。涙を流し、顔を真っ赤にして立ち上がり、目の前の鉄格子を揺らし出す。
「くそ…!壊れろ!!壊れろおおお!」
「ぶはははは何してる!首輪はめちまったんだ、もう逃げらんねえよ!」
外の笑い声は鳴り止まなかった。男は肩を上下させて、首に巻かれた重厚な輪に手をかけた。
「こ、これさえ外れれば…!」
「…やめなさい、君」
左隣からそう声がした。白髪の老人だ。腕を組み、じっと男を見据えている。
「外れろおおおおお!!」
男の耳には、もう何も届かないようだ。ただならないものを感じて、タケルは思わず立ち上がり、男の方へ歩み寄っていた。
「おい、落ち着けよ…」
「ダメだ、間に合わん…!」
タケルの身体は、その老人によって後ろに引き戻された。
「!!!」
その瞬間、目の前の男の首が爆音と共に半分ちぎれた。噴水のように血が吹き出し、タケルはその雨を顔面に浴びた。
「キャーッ!!!」
「あーっ!!くそ!せっかくの商品が!!」
「ぶははははは!!死んでも間抜けな面してやがるぜ!」
頭の中で周りの話し声が反響している。タケルは立っていられなくなった。ああ。アカリ…頼むよ…起こして、くれないか…
「ケガはないか、青年」
声の主を見る。さっきの老人だった。自分の服を裂き、顔を拭いてくれる。
「…これも彼の運命だ。共に、心のうちで弔ってやろう」
「…運命…」
血溜まりに横たわった男の身体を見つめる。タケルはその濃厚な血の匂いの中で、また頭をふらつかせた。