魔法少女リリカルなのは〜不屈の心と鋼の後継〜

□〜謎の人物と温泉旅行!(上)〜
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石畳が敷き詰められた薄暗い廊下を迷いなく歩く一人の人物があった。周りには明かりはなく、廊下も一本道ではなくいくつも分岐があった。
しかしその人物は明かりがないにもかかわらず、迷いなく道を進んでいく。
「ここが、ターゲットが消息を絶ったという遺跡・・・」
高い声色から女性、それも20代前半のものだと分かる。彼女はどうやら武装しているようで、歩くたびに武器―――鞘に収まった剣だろう―――が、カチャカチャと音を立てる。
(教主様の御言葉を疑うわけではないが・・・私にはまだ信じられん)
彼女が絶対の忠誠を捧げる人物は、彼女のターゲットがいる場所についてこう語ったのだ―――
『その者は、大陸の外―――いや、それですら手の届かぬ所にいる』と。


しばらく進んでいると、穴が開いている壁に辿り着いた。ここがターゲットが消息を絶った穴の様だ。実のところ、彼女自身もどうしてここに至ったかは解っていない。
鉤爪付きのザイルを使って降下、そして目的の場所に辿り着く。天人種族が作った異世界への扉の役を担う魔術文字(ウィルドグラフ)の陣に。
「待っていろ、鋼の後継キリランシェロ・・・」
魔術文字に指を滑らせて陣を起動させながら彼女はひとり呟く。魔術文字の光明に照らされた彼女の顔は中々整っており、スラリとした長身も手伝ってモデルのような体形に燃えるような赤毛が特徴的な美女である。
「この『死の教師』候補レベッカ・リンスカムが貴様の首を挙げてやる・・・首を洗って待っていろ、魔術士め」


海鳴市の自然公園、ユーノによって結界が張られた中でなのはとキリランシェロは対峙していた。なのははバリアジャケットを纏い、キリランシェロは『牙の塔』の戦闘服姿。
≪3・・2・・1・・始めっ!≫
ユーノの開始を告げる声とともに、なのはとキリランシェロは先頭を開始した。
(先手必勝、なのっ!)
「ディバイン・・・バスター!」
レイジングハートに桃色の魔力光が収束し、彼女の「シュート!」の号令でキリランシェロに向けて放たれる。
「我は紡ぐ光輪の鎧!」
キリランシェロは魔術の結界でこれを防ぐ―――が、『ディバインバスター』はあっさりとそれを破ってしまう。
「くっ!」
すんでのところで直撃は避ける。非殺傷設定になっているので、直撃しても死ぬ事はあるまいが、もちろん無事では済まない。
「シュート!」
なのはの再びの号令とともに浮きあがった弾が、一斉にキリランシェロを襲う。
(間髪いれずにディバインシューター・・・僕に魔術を使わせないつもりか!)
さらに飛びのいてなのはとの距離を取る。さらにここでもうひとつ、彼はなのはの策を見抜く。
(格闘戦に持ち込ませないつもりか)
しかし―――突破口はいくらでもある!
転がっていたキリランシェロは勢いで起き上がると、彼女に向かって駆けだした。
「ディバインシューター!」
なのはが飛ばした弾の軌跡を確認し、キリランシェロは編み上げていた構成を解き放つ!
「我は踊る天の楼閣!」

(ええっ!ウソ、どうなってるの!?)
なのはは自分で見た光景を疑った。キリランシェロの呪文とともに、自分が放ったスフィアの着弾先にいた彼が視界から消え、一瞬後に目の前に現れたのだから。
「よっと」
「わっ!・・・放して〜!」
逃げようとするなのはの腕を捻ってねじ伏せ、勝負はついた。なのはは拘束から逃れようとジタバタともがくが、そこは鍛えられた15才の少年と運動能力はそこらの9才の小学生と遜色ないなのは。2人の間には雲泥の差があった。
≪マスター、貴女の負けです。降伏を≫
「うう〜・・・降参だよぅ・・・」
降伏を促すレイジングハートに従って、彼女は抵抗をやめた。


「ズルイよ!瞬間移動が出来るなんて聞いてないの!」
解放されたなのはは不服気に頬を膨らませながら抗議の意を示す。全身で『怒ってます』と表現する少女の頭を宥める様にポンポンと撫でて苦笑する。
「さっきの魔術は僕の切り札の一つなんだ。いいかい、なのは?切り札っていうのは『いざ』っていう時に使う物で、そうそう人に教えたりしないものなのさ」
「そういうものなの?」
「そういうものなの」
ふーん、とようやく納得したように首肯するなのはの頭をグシグシと強く撫でながら2人は高町家へと歩みを進める。
「ん・・・?」
―――が、その途中でキリランシェロは足を止めた。彼が止まったことで先に進んだなのはとユーノがキョトンとこちらを見ている。
≪どうしたの、キリランシェロ?≫
「・・・いや、なんでもない」
(なんだろう・・・気をつけた方がいい、か?)
彼はユーノに簡潔に返事し、一本の木に一瞥くれるとなのは達の後を追った。


「この距離でも気がつかれた・・・か?」
葉が生い茂る幹に潜んでいた暗殺者―――レベッカはターゲットの索敵能力の高さに表情にこそ現さないが驚きを隠せなかった。
(さすがはあの男の後継者と目されるだけはある。だが・・・)
覚えておけ。私は貴様(魔術士)らを狩る専門家だ。


「温泉、ですか?」
翠屋の業務が終わってキリランシェロが皿洗いをしていると、桃子が明日から始まる連休中に海鳴市内にある温泉街に行く事を告げた。
(そーいえば王都に行く時にはレジボーンを通らなかったから温泉って行った事無いんだよなぁ)
実はキリランシェロのもとの世界―――キエサルヒマ大陸にも温泉街は存在する。大陸東部のレジボーンという街がそうなのだが、行きたい旨を姉と師に話したら大層馬鹿にされてしまった。
しかし彼としては今それどころではなかった。先日から外出する度に感じる殺気。恐らく狙っているのは自分かなのは・・・敵の正体と目的を知るまでは正直温泉どころではないのだが・・・
「もちろんキリランシェロ君も一緒に来てくれるわよね?」
「・・・はい」
桃子の威圧感ある微笑みに、キリランシェロは即座に屈した。年上の女性には逆らってはいけないという事を彼は2人の血の繋がらぬ姉から学んでいる。
そう、その身をもって・・・


温泉へは高町一家のほかに、なのはの友人であるアリサやすずか、そしてすずかの姉で恭也の恋人である月村忍の9名プラス一匹の一行で向かう事になった。
「じゃあ、風呂に行こうかキリランシェロ君」
「あ、はい。士郎さん」
旅館に到着した一行のうち、士郎とキリランシェロは風呂へ直行。恭也は忍と散歩に出かけて行った。
「そういえば気になってたんだけどさ」
男2人が出て行ったのを見計らったアリサが、そういってなのはにきりだした。
「なのはって、キリランシェロの事どう思ってるの?」



「ゴホンゴホンッ!・・・い、いきなりなんなの、アリサちゃん!」
茶を飲んでいたなのはは、アリサの問いに思わずむせてしまった。
「あー、それ私も気になるかも。なのは、どう思ってるのあいつの事?」
「お、お姉ちゃんまで!」
助けを求めて母ともう一人の親友に目を向けるが、一人は興味津々に、もう一人は申し訳なさげにしながらも答を気にしているようだ。
(う、う〜ん・・・私にとってのキリランシェロ君かぁ・・・)
キリランシェロは彼女にとっては戦闘面における師であり、初めて魔法に出会った時に助けてくれた恩人であり、頼りになるお兄ちゃん的存在である。しかしどう思っているか、と改めて聞かれると答に悩むところだ。
「・・・『いてくれると、安心できる人』かなぁ・・・」
悩みに悩んでそう答え、周りの反応を見てみると―――正面のアリサはキョトンとした後、「あんたねぇ・・・」呆れたように溜息をつく。
「それ、いまから結婚する人達が言うセリフよ」
「け、けっこ・・・!?」
ボフッ、と頬を赤らめるなのは。それを見てさらに攻勢をかける末娘の親友と、あわあわする末娘という微笑ましい様子を桃子はこんな事を想いながら見つめていた。
(とりあえずキリランシェロ君が、なのはのお婿さん候補筆頭ね♪)


「ハクシッ!」
露天風呂に浸かっていたキリランシェロは、ふとした寒気に襲われてくしゃみをした。
「どうした?」
「いえ・・・誰かが噂でもしているのかな?」
向かい合う士郎にそう返し、身体に付き纏う心地よいお湯に力を抜いて身を委ねる。
「君の故郷にも、こんな温泉街はあるのかい?」
「ええ。行った事はないんですけど、レジボーンっていう街に」
ただ、姉や師はその街に行きたいといった自分を馬鹿にしてくれた。なぜだか知らないが。

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