fickle text
□雨音
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雨音
庭を一歩前、歩く背中に泰継は内心首を傾げた。
朱雀大路で出仕を終えた泉水に逢った。挨拶をした。時間があるかと問われた。あると言うと邸に招かれた。
そこまではよい。だが先刻から、ずっとこの調子だ。
読めない行動。腹立たしくはないが訝かしい。
「おかえりなさいませ」
迎えに出た男童は泰継に慣れた手付きで足を拭う布を用意し、次いででてきた女房に泉水は白湯を頼んだ。
西の対屋。泉水は自室の中央で漸く足を止めた。その数歩後方に泰継は立ち止まる。
「白湯にございます」
「そこで結構です。皆も下がってください」
いつも通りにしてはほんの少し固い声音。袖から覗く手は固く握り締められていた。
「承知致しました」
女房が御簾を下げて、全員の気配が去り、静寂。細く吹き込む隙間風が几帳をふわりと揺らす。
「もと……」
「……っ」
「!?」
急に身を翻し胸に飛込んできた泉水を泰継は些か慌てて抱き止めた。
「申し訳、ありません……っ」
肩に沿えた手に伝わる小さな振動。
「泣いて、いるのか…?」
答えはない。けれど訊くまでもない。泰継は一瞬戸惑い、やがておずおずとぎこちなくその背を叩いた。以前本家で乳母がそのように赤子をあやしているのを見たことがある。見よう見まねでも泉水の慰めになれば。
「すみ、ませ…っ」
「声を…上げても、よいのだぞ……」
泉水はただ首を振る。袂で包み込むむように抱き締めた。
「ほんの……少しだけ………」
「構わぬ」
「………っ」
彼が泣くなど、初めてかもしれない。
愛しい。けれど酷く胸を締め付けられるように痛い。切ない。
何もしてやれない自身。泣きたくなるような焦燥。
それを埋めるかのように泰継は泉水を抱き込む。
いつしか雨が降っていた。
冷たい、冷たい冬の雨。