fickle text

□心に響く音色
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に響く音色




 なんて事のない快晴の昼下がり。
 君の言葉を。いつも心地良く耳に馴染んだその声が形成す言葉を、僕は咄嗟に理解することができなかった。
 強い強い意志の籠もるその瞳から目を逸らすことも叶わずに。先程まで感じていた筈の日の暖かさは急に偽物のようで、どんな言葉も力を失くし、僕の中で儚く散った。

『ワンコ、オレはロベルト十団の佐野清一郎や』

 何も云えない僕と、何も言わない君。
 動けない僕と、動かない君。
 沈黙が、その瞳が、君の佇まいの何もかもすべてが君の言葉が冗談ではないと僕に告げて。まだ中学三年生の筈の君が急に知らない誰かに見えた。だから僕は君の名前さえ、呼べなかった。

『ほなな、ワンコ。達者にせぇよ』

 ひらりと額の手拭を翻して君は後ろ手にドアを閉める。バタンという音が大きくもないのにいやに響いて、ただ呆然と突っ立つ僕だけが取り残されて。
 世界が色を失う。足元がふらつく。壁に崩れて、ずるずるとへたり込んで。何を言われたのか解らなくなってしまいたかった。


 どうして気付いてあげられなかったのだろう。
 それが君の精一杯であったと。
 自分のことしか考えられなくなっていたなんて。僕は本当に大馬鹿だね、佐野くん。
 少しでも君が僕を裏切ったと考えるなんて、本当に最低だ。
 君の枷になってしまった不甲斐無い僕だけれど、こんな時でも君を護りたいと思う。一度でも疑ってごめんなさい。そうして自分を折ってでも僕を助けようとしてくれて本当に有難う。何度感謝したってし足りないよ。
 君は強くて、優しい子だから。そんな君だから、僕は君が大好きなんだ。誰よりも眩しくて誇らしい、僕の佐野くん。
 ねぇ、佐野くん。大人はね、子どもを守るためにいるんだ。少なくとも僕はそう思う。そう君を、そして君達を救う方法なんて少し考えればすぐに解るじゃないか。

 僕がいなくなればいい。

 余りにも簡単だ。思わず声を立てて笑った。
 子どもはどこまでも残酷で狡猾になれる。けれど所詮ガキの浅知恵だよ、ロベルト十団。



 佐野くん、これで僕は漸く笑える。君の助けてくれた命だ。君のために使いたい。
 だから君は、もっと自由に…生きて。生きて生きて生きて、僕の誇りよ。
 ねぇ、君と共に過ごした半年が僕の人生で最高のひと時だったと言ったら君は何て言うだろう。『短すぎやろ』なんて、笑うかもしれないね。でも、本当なんだよ。
 あぁ、でも欲を言うなら、君を抱きしめたかったかな。癖のない黒い髪も、真っ直ぐな目も、健康的な肌も、声変わりが済んだばかりの声も、成長途中の体も、その火傷の痕だって、佐野清一郎と言う人間を形作るすべてが僕は愛しくて仕様がないのだから。


 タイムアップ、だね。
 佐野くん、大好きだよ。
 最期くらいは格好つけさせて。



 ね、愛してる。


 
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