お話し

□アムリタ
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(まだまだ続く白澤さまのお話し)
花街を読んでいない方はそちらからどうぞ。







桃タロー君の近くにあった、なにかよくないものの気配。
あれから地獄・天国にかかわらずあちこちに微かに感じるようになった。




狐御膳ののっぺらぼう





桃タロー君はあの日からあまり変わった様子はない。
「少し目を離しても大丈夫か…?」
実は昨日あたりから、花街のほうであの死の匂いが強くなってきていた。
花街は地獄の中にあるから死の匂いがしても当然なんだけど、あの日感じたよくない感じがするから、また現れたんだと思う。
僕はケータイを手に取るとふらっと外に出た。
桃タロー君がこっちを見たのでニヤっと笑って手を振ってやった。
桃タロー君はあきれたような目で僕を見て、ちょっと横に首をふった。



「もしもし?」
僕のなじみの妖狐のたおやかな心地良い声が聞こえた。
「先に言っておくと、残念だけど今日はお楽しみの電話じゃないんだ。ごめんね。」
僕は続けた。
「もしかして私の店に来ているお客さんのことかしら?」
「さすが妲己ちゃん、わかってたんだ?」僕がいうと
「そうねぇ〜自分の店の中のことくらいは気付くわよ。」ふふふと妲己ちゃんは言った。
「でも白澤さまから電話があるってことは…・」
「まぁ勘違いかもしれないけどね。」僕はちょっと笑って言った。
視線の先には、店の前で薬草を選り分けている桃タロー君の姿がある。
「君と同じで力を使うことがあまりないからさ。衰える一方だよ。」
「今ヒナギクちゃんが相手してるわ。」
数か月前から入ってきた可愛い娘だったけど、こちらに疑似恋愛をさせるには少々物足りない性格だったなぁ。
仕事と割り切っている感がわかるような…。

「あの子ならいいかもね。」
「私が外出している間に入り込んでたのよ。」ちょっと拗ねたように妲己ちゃんはため息をついた。
「妲己ちゃんがいたら確かに入り込めなかっただろうね。」
彼女の妖艶なまなざしを電話越しのやりとりで思い出した。
今、少し困ったように美しい眉をひそめているんだろう。
頬杖でもついているんだろう。
黒髪は彼女の丸い顔を美しく縁取って、肩にかかっているんだろう。
髪の隙間から見え隠れする白くて華奢な肩を抱きしめたいような気持になった。
傾国の妖女の魅力はさすがだね、なんて考えながら
「ちょっとお客さんの姿を見ることはできる?」
と僕は訊いた。
「君にも会いたくなっちゃったし。」
「あら?私はついでかしら?」
「ついでは客の方かな。もちろん同伴させてよ。」





件の客が気になっているのは妲己ちゃんも僕も一緒で、結局そちらを優先する流れになったけど、僕が店についたら気配は消えてしまっていた。
「白澤さまの紹介って入ってきたみたいよ。」
妲己ちゃんが優美な仕草で酒を注ぎながら言った。
「でもね、店の者は顔を覚えてないのよ。」困ったように妲己ちゃんは微笑んだ。
「こういう店だから皆顔を覚えるのは得意なんだけど、ね。」
ヒナギクちゃんとも話したけど、名前も聞いていないし、おかしなことにあまり印象に残っていないという。
その客の相手を2日もしたのに…だ。
ほとんどしゃべらず、ヒナギクちゃんの話にあいづちをうつばかりだったそうだ。
褥でのことは当然訊けなかったけど、どうにもあいまいな記憶しか残ってないみたいだ。

この匂いの元はいったい何者なんだろう?
僕の額の目ですら姿を追えぬのっぺらぼう。
会った者にも感知できぬ顔の無い存在…。

僕の頭の中で警報がなりだした。
僕が感じた死の匂いは、少しずつ場所を変え現れる。
それがだんだんと強くなっているような感じに
僕の本能が危険を告げる…。

長きにわたる、生きているともいえないような時の中で正直こんなに不安を感じたことはなかったような気がしたんだ。
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