神語

□千早振る
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 命を育むその森で、生き物たちがおかしな死に方をし始めた。森を通る川から上がる魚は、今まで見たこともないような姿かたちで息絶え、逃げて来たのであろう鹿や兎などの森の動物たちも、体の一部が膨張したり、変形したりと、不気味な出で立ちで倒れていた。村の者達は酷く怯え、そして、忽ちに噂が広がった。
「奴らの仕業だ」と。
 森の生む『毒』は、日に日にその勢力を増していた。このままでは、村へと届き、人へと害を及ぼすことは避けられない。その前にどうか、大本を断ち切ってほしい。
 依頼の内容とは、おおまかにそのようなものであった。

「あれが大本ですか」
 生き物の気配のないその森で、小さく、少年の声が一つ、空気を震わせた。視線の先には、森に突如現れた空間と、その中央に聳え立つ大木があった。それは、ねっとりと体に纏わりつくような邪気を、今この瞬間も大量に撒き散らしている。周囲の草木は邪気にやられて変形し、枯れていた。
「夜月様、如何なさいましょう」
 背後でした声に、夜月(やつく)と呼ばれた少年は真っ直ぐに肩口に切り揃えられた黒髪を揺らして振り向いた。
「おそらくあれは憑き物です。まずあの木から本体を出さなくてはなりません」
 後ろで膝をつき控えていた者にそう言うと、夜月は狩衣の袖に手を入れ、細かな文様が書かれた札を数枚を取り出した。
「皆に伝えてください。これから大量の邪気が出ますので、この札で周囲に結界を張り、万一漏れ出た場合には、即時対応し、決して村に届かせぬようにと」
「承知。では、本体の方は」
 夜月から札を受け取った者は、ほんの少し顔を上げてその顔を見た。そしてその瞬間に、背筋に冷たいものが走る。息も吐けぬほどの緊張が満ち満ちた。
「皆さんはとにかく結界の方に集中してください」
 涼やかな音を立てて、腰に帯びた刀が抜かれる。
 邪気を含んだ風が凪ぐ。
「あれは、私一人で十分です」
 少年のその顔は、狂気に彩られた。
 
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