神語

□千早振る
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 「桜水(おうすい)の地」というのをご存じだろうか。
 千年以上も昔から、その地には一本の桜の木があった。その桜は、清らかな水を湛えた池の真ん中に聳え、千年枯れることを知らず、花を咲かせ続けている。人々はそれを、『万年桜』とも、『人喰い桜』とも呼んだ。その呼び名は、その地に作られた社に関係すると言われている。
 その社の名は「桜水神社」といった。その地に突如現れた「宮凪」を名乗る者が、その桜を祀るために建てたとされている。その際に、社は『此処』とは別の場所に移された。桜水の者は、『異空間』にあると言う。到底、人々に信じられる話ではない。しかし、桜水の者達は口を揃える。
 創建から僅かな間で、その社には多くの人が集まった。そして、そのほとんどの者達が、二度と姿を現すことはない。人々はそれを、『人喰い』と呼ぶ。
 桜水神社創建とほぼ同時期に、もう一つ人々を脅かす存在が現れ始めた。それが、「妖」である。妖達は、人間への恨みの強い存在であった。方々で人間を襲い、皮を剥ぎ、肉を喰らった。人々にとって恐ろしいのは、その存在が見えないことである。
 しかし、桜水の者達は違った。桜水の者達にはそれらが見えた。そして、人々には理解の及ばない力を持ち、それらを殺すことができた。
 桜水神社には、四つの柱がある。神社全体を取り仕切る宮司であり、代々宮凪の者が受け継ぐ「御社(みやしろ)」。祈りの力を持ち、時に先をも見通せる、太陽の象徴「陽神子(ひみこ)」。社の者を助け、癒す存在である、人の象徴「暮葉(くゆは)・姫子」。そして、妖を退治するための強大な力を持ち、退妖集団「夜道衆(やとうしゅう)」を率いる、月と夜の象徴「夜月」。
 桜水神社は、祈りの力と退妖術でもって、妖から人々を護り続けた。その存在は、人々に感謝と畏怖の念を与えた。
「桜水神社は、我々を妖の脅威から護るために建てられた」
 多くの者は、そう言う。しかし同時に、桜水の者達への恐怖が、人々の間に広がった。何時の世であっても、自らと違う、しかも強大な力を持った存在は、恐怖の対象となる。
 時が経ち、人々の中には恐怖が根付いた。桜水の者達は、助けてくれると同時に厄介な存在となった。そのために、彼らは気づかない。知ろうともしない。
 何故、桜水神社は建てられたのか、ということに。
 
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