小説ウィスタル

□始まりの知らせ
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 『水の国』の王都で、最近老人達が集まってひそひそと何事かを話している光景がよく見られるようになった。
 今朝も、王城では、朝早くから正装をした大臣達が廊下の隅や会議室で何やらこそこそと話しこんでいた。
 そんな中を、兵用の簡素な服装をした青年が一人、すたすたと足早に廊下をすり抜けて行った。色とりどりの窓から差し込む光を受けて、白い清潔そうなシャツが、赤や黄色に変わる。首の後ろで結った薄茶の長い髪が流れるように揺れる。
 大臣達の集まりに遭遇し、軽く頭を下げ、小さく「失礼」と言い、また足早にその場を離れた。
「今のは確か、ロスト君ではなかったかな?」
「ロスト?ああ、例の生き残りですか」
「あやつめ、まだセレナ様のお傍についておるつもりか」
「それより、例の噂は本当なのですか?あの・・・・」
 ロストと呼ばれた青年は、後ろの大臣達が自分のことを話しているのを感じ、さらに速度を速めた。
 少しばかり噂のことが気になったが、どうせ今から行く所で充分聞けるだろう。
 大理石で囲まれた廊下の中ほどに、目的地はあった。周辺のと比べ、ひときわ豪華な両開きの扉の前で、ロストはすっと止まった。乱れているところはないか軽く自分の格好をチェックし、ゆっくりと扉を開けた。
「失礼します」
「どうぞ。ていうか、前にも言ったけど『失礼します』はドア開ける前に言うものよ。ついでにノックも忘れずにね」
 言ったのは、目の前に立つフリルの沢山ついたドレスを着た女の子だった。ガラス玉のような夏の海の色をした瞳がこちらを見上げている。
「起きてたんですか。セレナ様」
 ロストは少しため息混じりでそう言い、音をたてないようにして扉を閉めた。
「あたりまえでしょ。何期待してたのよ」
「別に何も。ただ、いつもより少し早いなと思っただけですよ。それにしても、意味もなく老人達が集まってますけど、あれ何ですか?廊下の空気が重苦しくって・・・」
「今さりげなく話ずらしたわね」
 むすっとした顔で、セレナは壁にかけられた子供には大きすぎるくらいの鏡の前に行き、念入りにそのくせのついた水色の髪を梳きはじめた。
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