小説ウィスタル

□始まりの知らせ
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 * * *

 ガシャン・・ガシャン・・。
 檻の格子を揺する音が、狭い空間の中に響き渡る。
 最初は微かだったその音が、だんだんはっきりと聞こえてくる。
 うるさい。
 ガシャン「出してくれー」ガシャンガシャン「もういやなんだ、お願いだ、出してくれ」
 音と情けない叫びが重なって嫌気が増してくる。怒鳴って黙らそうと思ったが、溜め息を一つ吐いて気持ちを落ち着かせた。ゆくっり目を開ける。真っ暗で何も見えないだろうと思ったが、所々に灯された松明のおかげで、すぐさま周りの様子を確認できた。
 どこまでもつづきそうな煉瓦造りの廊下、その両側には、いくつもの鉄格子の檻がある。松明の火に照らされて鈍く光る冷たい空間に、何千何万といる囚人達。
 そんな中で、リア・レイディルだけは、廊下の行き止まり地点で両手を鎖に吊るされている。透き通った黒い瞳、それと同じ色の髪は、首のあたりでがさつに切られている。なんの模様もない漆黒のローブから出た腕は白く、病人のようでもあった。ローブの中に着ている薄手のシャツとズボンは、だらりと垂れ下がるように身に着けられている。

 眠れる地獄の王子様はお目覚めかな?

 突然頭の中に声が響いた。どこか聞き覚えのあるような気がする。
「地獄・・・?」
 リアは、ぼうっとする頭の中で必死に記憶を呼び戻そうとする。

 そうだよ、ここは地獄。まぁ、君が覚えてないってのも無理ないかなー。そりゃ百年封印されればねぇ。

 無邪気な声は、とんでもないことを言うもんだ。
「百年の封印だと?」

 うん。あんなことすれば、国王陛下が許すわけないでしょ。殺されるよりずっとましだと思うけど?僕としてはね。

 ドクン、と心臓が高鳴る。鎖がジャラっと大きく鳴り、空気を震わす。

 あれ、思い出しちゃった?

 声は、面白そうにリアに語りかける。
 思い出した。何もかも。目の前の煉瓦の壁が歪む。
「ちがう」
 血に染まる手。倒れてゆく人々。金の髪。優しい声。
「ちがう」
 記憶がなだれのようにおしよせてくる。
「ちがう!!」

 アハハッ。そんなに叫んだところで君の過去は変わらないよ。

 そうだ、この無邪気な、人を小馬鹿にしたような声。間違いない、
「お前・・・・ウィステル!」

 アッ、僕の名前覚えててくれたんだ。ありがとう。

 パキン、と音が鳴って、手首の鎖が粉々に砕け散った。急に支えを失ったリアは、そのまま床に落とされくずおれた。

 これはちょっとしたお礼。僕そろそろ帰るからね。

「待てよ」
 リアは、壁を支えにどうにか立ち上がった。足が震えてうまく体を支えられない。
「俺は、どうすれば」

 甘えちゃ駄目だよ、リア君。ま、別に良いけど。そっちにフィルラクトゥールを送ってあげる。道案内ぐらいはできると思うよ。あ、最初にシラのところ行ってね。

 声は、ふっと頭の中から消え去った。
 その後、リアの前にフィルラクトゥールが到着するのに、そう時間はかからなかった。
「あの野郎、変なもん送りつけやがって」
 リアは、悪態をつきつき進み始めた。

 まったく、リアは我儘でいけないな。
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