妖語

□語る者
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 江戸の町は東の外れ、人であふれる長屋の一角に、『語り屋』と呼ばれる小さな店があった。切り盛りしているのは、腰の曲がった翁と物静かな少女。その二人は、ある日突然現れ、「この地で、語らせてほしい」とだけ言い、長屋にあった無人の狭い部屋に住み込んだ。周辺に住むものは皆戸惑った。だが、江戸の町自体が、人の出入りの多い場所。物を語って回る者がいたところで、おかしなところは何一つありはしない。それに、二人は存外良い者たちだった。その狭い部屋で『語り屋』を始めてからは、毎日のように子供たちを集め、今迄に聞いたこともないような物語を沢山語った。必要とあらば、学もつけてくれる。そのために、大人たちは、『語り屋』を子どもを預けてくれる場所として利用した。仕事で子育てに手の回らない者たちが、『語り屋』に子供を預ける。そのお礼に、銭を払う。そんな仕組みがいつしか出来上がり、『語り屋』はその地に欠かせない存在となった。

 チリチリと、鈴が鳴る。少しずつ活気が出始めた、朝の町。空気を震わせる鈴の音は、『語り屋』が店を開く合図であった。

 そしてそれは、最後の鈴の音。

「一太、今日は『語り屋』に行きな」
「かよ、弟たちをよろしくね」
「ほーらあんたたち、『語り屋』が開いたわよ。お勉強もしっかりね」
「今日はこの子も預けちゃおうかしら。ねぇ、赤ん坊でもみてもらえると思う?」
「それなら、あの女の子に頼んでみよう。源さんとこの小さいのも、みて貰ったって言ってたからな」

 大人たちは口をそろえる。

「『語り屋』へ子どもたちを」

と。
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