妖語
□語る者
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『語り屋』はとにかく狭かった。なにせ畳で六畳といったところだ。語り部である翁は、一番奥の少し高くなったところに座っている。子どもたちはその前に押し合い圧し合いぎゅうぎゅうになって座る。そこに混ざるようにして、語り部と共に来た少女も座る。その腕には、小さな赤子。
太陽が少し昇り、陽の光が強くなってきたころ。子どもたちは息を殺して、語り部を見守る。
語り部は目を閉じていた。静かな瞑想である。語る前の儀式のようなものだと、子どもたちは知っていた。この空間では、こそこそと話すことも許されないほどの緊張感がある。それを、大人たちは知らないことを、子どもたちは知っている。子どもたちは、ここで特別を味わう。「自分は選ばれたのだ」という意識が生まれる。だから子供たちは、『語り屋』が好きであった。
誰かがごくりと喉を鳴らした時、語り部が目を開いた。そして、その手膝から滑って右へ。隣に置いてあった見慣れぬ書物へ。
手を掛けた。
「よう集まった。子供たちよ」
語り部が口を開く。僅かにしわがれた、だが子どもたち全てに行き渡るいつもの声。いつもの言葉だ。変わりない、いつもの、通過儀礼のような挨拶。
「今日の話は、今迄語ってこなかった話じゃ。おそらく、これが最初で最後になろう」
ゆっくりと膝に置かれた書物。その固そうな表紙を、節くれだった手が撫でる。それは、大事な大事な我が子を撫でると同じような、死んだ家族の死を悼むのと同じような。