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□02:今日何度目だろう、君の声の空耳
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『今日何度目だろう、君の声の空耳』





あいつの黒髪がフワフワと揺れてあの笑顔が自分に向けられる

呼ばれたような気がして英二のところへ行こうとするが何故か身体が言うことを効かない

助けを求めるかのごとく腕を伸ばし虚空を掻く


「英・・・・・」


目尻に溜まった滴が零れ落ち、宙に浮かんだままの手をぼんやりと眺めた


(夢か・・・)


カーテンの隙間からは月の光が零れ落ち窓際の絨毯を淡く色づけている

ひんやりとした夜気が濡れた頬を掠め、隣にあった筈の温もりが無いことを追い打ちをかけるように知らしめていた

BANANA FISHがこの世から消えてなくなり、自分の周りからはあの緊迫した日々がすでに過去のものとなりつつある中、

英二は今日アメリカを発つ予定であった

アッシュはベッドから起き上がると窓際まで行きカーテンを開けた

既に月は白く霞み始めており夜明けを告げていた

外は明るくなりつつあるのにアッシュの心の中は夜の帳をおろしている


「英二・・・」


あの黒曜石のような瞳を見つめたい。艶やかな黒髪を撫で梳かしたい

悪戯な笑みを浮かべたかと思うと頬を膨らませ怒る顔

よくわからない下手くそな英語

全てが愛しい

できることならこの腕に閉じ込めて誰の目にも触れさせたくない。自分だけの物に・・・

アッシュは自分のその考えに頭を振ると浅くため息を吐いた

この一人の夜をこれからも続けていく自信はあるのか・・・?

ひとりでいる寂しい寒い夜を

それでもいつの日か思い出に変わるのであろうか

この59丁目のアパートでの毎日、英二に何度も癒されてきた

その日々が思い出に変わるのだろうか

英二に逢いたい

なんとか逢えないものかと言い訳を考えるが行きつく先は闇

『サヨナラ』なんか言いたく無いのに

終わりしか見えない

心臓を鷲掴みするような痛みに心が砕けていく

アッシュは英二が使っていたベッドに腰を下ろすとシーツを撫でつけた

このベッドの主はもう戻らない

だけど、確かに其処に存在したかのように微かに英二の匂いがする

この心の中の気持ちをそのままアイツに告げれば

きっと困ったような顔をするだろう

だから

帰るべき場所に早く戻さなくてはいけない

自分が過ちを冒す前に

自分の心を凍らせて


生きていればまた逢えるかもしれない

その時、悲しみよりもいい想い出でありたいから

目を閉じるとアイツの声が聞こえる

自分を呼ぶ声が・・・





2012.09.09 RIU.

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