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□友達未満、恋人以上。
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御鳥様から/緑高





「―なぁ、真ちゃん…友情って、一体なんなんだろうね」

 窓から差し込む夕日に照らされオレンジ色に染められた放課後の教室で、小生意気で皮肉げな笑みを浮かべる少年―高尾和成は美しいアッシュブルーの瞳を細めて独り言の様に呟いた。
 出し抜けな上に意味不明な質問に隣にいる「真ちゃん」と呼ばれた青年―緑間真太郎は憚らずに眉をひそめたが、高尾は気にも留めずに言葉を続ける。

「だってさ、愛の形は色々だとか言うように友情だって色々あるかもしんないっしょ?もし利害の一致だけで一緒にいる様な関係ですらお互いがお互いを友達だって言ってたら第三者にはそんなの分かんねーだろ?」

 例えそれが、主人と下僕の関係でもな、と続けられた言葉に緑間は心臓が嫌な音を立てて跳ね上がるのを感じて読み掛けの本から視線を外し、それを高尾の瞳に向ける。
 高尾は「目は口程に物を言う」という言葉が通じない位にポーカーフェイスが上手い事を緑間は嫌という程感じていた。
 同時に、いつもの笑顔が相手に感情を読ませない為の仮面に過ぎないという事も知っているのだ。

「…お前は、何が言いたいのだ?」

 高尾のその性分を一番嫌っているのは緑間だった。
 自分の思考は全て読まれているというのに、高尾は自分の本音を見せようとしない。
 最初こそいくら適当かつ手酷くあしらっても自分に歩み寄って来る高尾の事をマゾヒストなのかと疑ったが、こうして一緒にいると誰もが認める唯我独尊な性格の緑間にも悪戯っ子の様な笑顔の下から微かに滲む悲しげな色が見える様になった。
 否、見えると言うよりは本能的に心臓の奥深くに何かが突き刺さったかの様な痛みを感じる。
 何故なら、目の前にいる筈なのに何処か距離を感じる彼の表情は確かに笑っていたのだから―酷く、悲しげに。

「じゃあさ、はっきり聞くけどさ、…俺は真ちゃんにとっての何なワケ?下僕?それともただの知り合い?…ねぇ、教えてよ」

 レンズ越しに見つめる名前通りの深緑の視線から逃げる様に高尾は顔を逸らす。
 搾り出す様に発せられた声に、緑間は心臓を丸ごと素手で掴まれる様な気持ちになったが、それをごまかすようにして質問に対する答えを探すべく考えを巡らせる。
 自分は、目の前にいる相手をどう思っているのだろうか。
 笑顔を向けられる時に走る甘い胸の痛みの正体も、凛とした声が自分以外の名前を呼ぶときのどうしようもない苛立ちの本性も、緑間はとうに知っていた…知らないフリをしていたのだ。
 緑間の入念にテーピングを施した指先が、高尾の頬に触れた。
 緑間のあまりにも突飛な行動に高尾はびくりと肩を揺らすが、緑間はお構い無しと言わんばかりに声を発する。

「高尾、よく聞け。…俺はお前を友人として見た事など、一度として無いのだよ」

「っ…、!!」

 見開かれた高尾の澄んだ瞳が絶望に揺れ、飽和して耐え切れなくなった雫がぼろりと頬を伝いテーピングに吸い込まれる。

「話を最後まで聞け。正確には友人として見ないのではなく…見られないのだよ」

「そう、だよな…。うん、分かってんよ、お前にとって俺は下僕…だもんな。変な事聞いてごめ…」

「っ、だから話を聞くのだよ!!」

 緑間が左手を机に打ち付けた鈍い嫌な音に、高尾は体を竦めて恐々と畏怖と心配をないまぜにした表情で緑間の顔を覗き込む。
 怒っている様にも泣き出しそうにも見える表情に、喉まで出かかっていた言葉が急速に勢いを無くし、高尾は口を閉ざした。
 すると、ぽすりと肩に柔らかくも確かな熱のある重みが掛かるのを感じた高尾が視線を動かした先には、緑間が彼よりも遥かに細く頼りない右肩に頭を擡げさせている。
 少し気恥ずかしく思うものの、すぐに緑間の意図を察した高尾はその温もりに体を預けた。
 先ほど感情に任せて怒鳴ったせいで少し掠れた声で緑間がぽつりと呟く。

「高尾…俺は恐らくお前に恋愛感情を抱いている」

「嘘、」

「じゃないのだよ」

 本気の愛を向けられてもなお現実から目を背けようとする高尾に緑間はこう問う。

「では聞くが…抱きしめたいと心から思うのは、自分だけを見ていてほしいという願いは友情から来るものなのか?」

「………」

「触れたい、交じり合いたいと思う事は恋愛ではないのか?」

 緑間目を逸らしたままの高尾の肩を掴み、耳元で囁く。
 そして、両の腕を高尾の薄い体に回し、そのまま引き寄せて苦しそうにひとりごちた。

「高尾…お前は卑怯なのだよ………こうして本心を言ってもお前は全て冗談だと判断して、俺の気持ちと向き合おうとはしない………!?」

 緑間の言葉が途中で遮られる。
 それまで黙って緑間の言葉を聞いていた高尾が緑間の両の頬を両手で挟むようにして叩き付けたのだ。
 ぼろぼろと零れる涙を隠す事もせずに高尾は普段は間違っても出さないような悲痛な声で訴える。

「真ちゃんだってずるいよ…!俺だって真ちゃんが大好きで愛しくて、でも言えないし、言えるわけないじゃん!!…じゃあ真ちゃんはもし皆の前で俺とキスしろとか言われて出来んの!?そんなの無理―うわ!?」

 やっとの事で引きずり出した高尾の心からの言葉は、彼の右手を緑間に無理矢理引かれた事によって途切れた。
 高尾が混乱して何かを言おうとする間にも緑間は高尾の二の腕を掴んだまま校舎の階段を全力で駆け降りる。
 流石に息が苦しくなり高尾がもがいた頃になって、緑間が立ち止まり高尾を解放場所は未だに人気が残っている下駄箱の真ん中。
 緑間は必死で息を整える高尾の腰と背に腕を回し、そのまま抱き寄せ―自らの唇を目の前のそれに重ねた。
 その場に居合わせた生徒の反応は歓喜と嫌悪の両方があったが、放心状態の高尾の目を覚ましたのは緑間が満足げに呟いた一言。

「―出来るという事は証明したのだよ。その上で、俺はお前を心から愛すと誓おう」

「え、」

 真っ直ぐと見据える瞳から目を背ける事が出来ない高尾はただ確信を秘めた表情で、静かに縦に首を振る。
 瞬間、張り詰めていた雰囲気が解け、俄然甘い雰囲気がその場に流れはじめて再び口づけの一つでもしそうな空気が飽和した刹那―高尾の携帯から場違いな電子音が響く。

「お、メールだ」

「…誰からなのだよ」

 折角の甘い空気を台なしにされた緑間が憮然とした顔を隠さずに言うと、高尾は青ざめた顔で答える。

「み…宮地さんから、だ」

「………そういえば今は放課後…はっ」

「ちょっと待って真ちゃん、俺ら完全に部活あるの忘れてるじゃん!!」

「な、元はと言えばお前があんな質問をするからだろう!」

「し、真ちゃんだって…!」

 先ほどまでのやりとりは何処へやら、二人は責任の押し付け合いを始めた(そのせいで余計部活に行くのが遅れた二人が宮地にこってりと絞られたのは最早言うまでもない)。
 友達未満で恋人以上―そんな奇妙な関係を手にした二人が帰路にて初めての恋人繋ぎを体験するのは、また別の話である。



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御鳥様から交換小説頂いちゃいました!わーいヽ(´▽`)/
こんな私に交換小説の提案をしてくださり本当に本当にありがとうございます!

なんたる期待以上の緑高っ!
文才の差が出ちゃう(^o^)
御鳥ちゃん、改めまして素敵な小説ありがとうございました!
これからもよろしくね!


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