二年前(四月〜七月)

□六月〜1〜
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〜りとぅん ばい 光〜


『できっから』
 シンゴが私にそう言ってくれてから、二か月近く。
 あいつは、本当に一年で桐青レギュラーになって見せた。
「な? できたろ?」
 いつもの調子で軽く言ってくる言葉がたまらなくカッコいい。
 これがあのやる気のなかったシンゴだなんて…ッ。…あ、いや、やる気なかったわけじゃないか。とにかく偉い。
「おめでと。…やればできんじゃん」
「おう」
 くっそ…ホントにカッコいいなぁ〜〜…ッ、おい。
 私もできっかな…。
 私も、できたろ? とか言いたいよぉ…。
「…私も…やるから」
「おう。できる」
 こいつは結果を出したんだ。
 シンゴはいい加減な奴じゃなかった。
 いつもヘラヘラしてて…むかつくときもあるけど…いらいらするときもあるけど…。
 シンゴは本物だ。こいつの言ったこと、私が信じなかったせいで嘘にしたくない。
『諦めんな』
 …できる。
「シンゴができるって言ってくれたの、まだ覚えてるから。絶対また、投げるから」
 すると、次の瞬間、奴はふやけた笑顔で言い放った。
「ま、そしたら俺が軽〜く打つけどな」
 ちょ。
 人が真面目にいい話してたのに…ッ。
 そーゆーとこがむかつくんだよッ。
「無理ッ。シンゴに私の球ぜっっっっっったい打てないからッ」
「打てる打てる〜」
「打てない打てない打てないッ」
 ああああ。なんだこの展開はッ。
 くっそッ。
 意地でも投げてやるッ。
 シンゴが打てないすっごい球投げてやるぅ〜ッ。
「んじゃ、復帰したら一番最初に俺と勝負な」
 ポン、と私の頭に片手を置いてヤらしい笑顔でそのセリフ。
 …だからシンゴはかっこいい。
「のぞむところだ…ッ」
 私も、負けられない。



「あれ、中学の野球部?」
 相変わらず雨は上がらず、毎日室内練習が続く中、トレーニング室内を使っている他の部に交じって、何度か野球のユニフォームを着た連中を見かけることがあった。
「ああ。中学の野球部の連中だ。グラウンドは別だけど、学内の施設は一緒に使うこともたまにあるから、梅雨の時期はこうして同じ時間にあたることも稀にある」
 私に軽く説明してから、和が大きく手を振った。
 どうやら知り合いがいたらしい。
「和サンッ。お久しぶりッス」
 うわ、嬉しそうだなぁ…。
 まぁ、わかるか。和、中学では後輩に慕われてたんだろうなぁ。
「元気にしてっか? 準太もついに三年か…。今は誰と組んでるんだ?」
「利央ッス。あいついじめ甲斐があるんで毎日飽きないスよ」
 言いながらいたずらっぽく笑う中学生の男の子。和と話してる雰囲気からするとすっごい仲良さそうだし、この子、ひょっとして和が昔組んでた投手とかかな?
「お前…ほんっと相変わらずだな。呂佳さんに聞こえるぞ」
 慌てて両手で口を押える中学生。なんか可愛いなぁ…この子。
 和と二人で話しているのを少し離れてみていた私に、遠慮がちな声がかかった。
「あの…」
「え?」
「高校の野球部のマネージャーさんですよねッ?!」
 外人ッ? あ、いや……日本人か。
 ハーフかな? 目の色珍しいなぁ…。
「そうだけど?」
「俺ッ、中学の野球部員です。今二年生ッ。二年後世話になるんでよろしくお願いしますッ」
 つかなんか子犬みたいだ。人懐っこそうだし。
「こっちこそよろしくッ」
 すぐに練習に戻って行ってしまったために名前も聞けなかったが、この子も可愛い。
「光、練習戻るぞ」
 声をかけられて、和を見る。
 そしてさっきの子を思い出す。
 まぁ、可愛い子だった。
 可愛いんだけど…なんか…。
 んー…なんだろ。
「あの子…捕手センサーが反応してる気がするんだけど…気のせい?」
 気のせいだよね。あんな線のほっそい子犬みたいな子、捕手なわけないよね。
「え…よくわかったな。誰かに聞いたか?」
「へ? 今の子、和知ってんの?」
「光と話してたのなら知ってるよ。利央って言って、呂佳さんの弟で捕手やってる…」
 え?
 えええ?
「ええええええええええッ!?!?」
 ありえない。二重にありえない。
 あんなに素直で可愛いのに捕手だなんてッ。
 しかも呂佳さんの弟…ッ。
 似てないにもほどがあるよ。
 あれだ。橋の下ってやつだ絶対。
 んでもって悪魔のささやきで無理やり契約させられて捕手にされてしまったんだ。
 そうに違いない。
 あんなかわいい子が自ら捕手をやるだなんて、そんなことは…。
「なぁ、光…お前今何かすっごい失礼なこと山ほど考えてるだろ」
 和の呆れた声で現実に戻る。
「…考えてたかも」
「光に前から聞きたかったんだけど」
「ん?」
「捕手センサーって何?」
 あー。それはだね。
「内緒」
「おい」
 だって中学の時私が組んでた捕手の子、すっごいサドだったんだもん。
 毎日私をいじめて遊んでたんだもん。
 …まぁ、いざというときには頼りになる捕手だったし、私のこと「いい投手」だって言ってくれたけど。
『光見てるとついからかいたくなるのよね〜』
 うぅ…。捕手って苦手だよぉ…。
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