二年前(四月〜七月)

□六月〜2〜
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〜りとぅん ばい 光〜



 夏大のレギュラー入りが決まってから、シンゴはますます必死で練習するようになった。
 マネージャーの手伝いなんかしていた四月が嘘のようだ。
 もっとも傍で見ている分にはいつも通り。
 軽口は叩くし、ミスがあれば口をとがらせてごまかそうとする。
 …でも、その後誰も見ていないところで、二度と同じミスをしないよう死にもの狂いに頑張っていることを、私は知っている。
 部員の中には、試合に出れなかった大勢の一年の上に立つのだから、シンゴが努力するのは当然だと言う者もいる。
 彼は才能があるから…なんて言葉も聞こえてくる。
 でも、間違いなくそんなことを言っている人たちより彼は何倍も努力しているのだ。
 そのことだけは、事実だ。
「お疲れッ!」
 夏大が近づくにつれて、部の練習時間は遅くなり、今まで自主練に充てていた時間も部の練習時間になっていった。
「おう、お疲れ。光、片づけすんだら道具の整備手伝うわ」
 疲れているだろうに、そんな気配は微塵も見せずにシンゴが軽く笑う。
「みんなが練習してる間にやっちゃった。最近練習時間がどんどん伸びてるからね…」
「帰り、大丈夫か?」
 んー…確かにちょっと最近遅くなってきたけど。姉貴と一緒だから大丈夫…とかなんとか言おうと思っていたら、先に奴は軽く言い放った。
「ま、光襲う奴なんかいないか。中学生に間違われて誘拐されないように気をつけろよ」
 笑いながらこのセリフである。
「何それ…ッ。私だってちゃんと高校生に見えるもん。可愛いもん。か弱いもん。襲われるもん。…襲われたらヤだけど」
「どっちだよ…。ま、確かに可愛いけどな…」
「え?」
 今なんか言った?
「や、なんでもない。あれ? 和まだやってんの? そろそろ片づけねぇと学校閉じ込められっぞ?」
 ホントだ…。和まだやってる。
 シンゴに声をかけられて、時計を確認して彼は慌てて片づけ始めた。
 なんか…その動きが和にしてはちょっと珍しいような気がした。
「あいつ…なんかあった?」
 シンゴが小声で私に訊く。
「いや…休み時間は特に話とかしないし…。シンゴのほうが話してる時間多いと思うけど…」
「なんっか今日機嫌いいっつーか、朝から調子良さそうっつーか…」
 へぇ…和がねぇ。んー。なんだろ?
 同じような悪い笑顔でシンゴと顔を合わせる。
「…ちょっと、気になりませんか? 光さん」
「…気になりますねぇ、シンゴさん」
 ニヤニヤ。




「え? 和? んーなんかあったかなぁ…」
 部内の仏、本山君。何も知らず。
「そう? いつも通りだと思うけど?」
 マイペース前ちん。論外。
「さぁ?」
 マサに訊いた私が間違ってた。
「あー、確か昨日誕生日だったから、なんか昨日いい事あったんじゃない?」
 流石、山ちゃん。それだッ。
「マジ? あいつ昨日誕生日だったんだ…」
 シンゴもどうやら今知ったらしい。
 ちなみに私は昨日、病院だったから部活を夕方で抜けちゃったし、和とは一度も話してない…。
「全然知らなかった…」
「まぁ、普通いちいち言わねぇもんな…」
 徒歩で駅まで帰るシンゴと違い、私は自転車通学できる距離に住んでいるので、自転車を押しながら話す。
「でも、昨日の夕方はいつもと一緒だったよね? その後何かあったってこと?」
「そっか、お前昨日病院だったもんな…」
「うん。姉貴は知ってたのかな? 和の誕生日…」
「あー…知ってたかもな。昨日、和と望、一緒に帰ってたし」
「え゛?! 何それ、初耳なんだけど」
「や、和、最近よく光が病院の日、練習終わった後、望を家まで送ってるけど? ホラ、遅くなったら一人で帰るの危ないだろ?」
「あ、ああ。うん。そっか。そりゃそうだよね。そのほうが私も安心…。だけど…」
 だけど、ねぇ…。
「光。随分遅かったけど、何かあった?」
 校門のところで私を待っててくれた姉貴と合流する。
「あ、ううん。えっと…」
 困っている私を見かねてかシンゴが軽く訊いてくれた。
「望、知ってた? 昨日が和の誕生日だったの」
「まぁ…知ってたけど。なんで?」
 ちょうど都合よく後ろから自転車に乗って現れた和を大声で引き留めるシンゴ。
「和〜ッ、望に何もらったの?」
 ズゴッ。転倒はしなかったものの、バランスを崩して校門に軽く衝突し、片足をつく和。
「な、な、な…」
 とっさのことで言葉が出ない和。姉貴が短く言った。
「シンゴ、やりすぎ」
 シンゴが軽く笑いながら返す。
「悪い悪い。でもすっげ、見事に予想通りの反応。俺、名推理じゃね?」
 …確かに。
「姉貴、何あげたの?」
「大したもんじゃないよ。日頃私の与太話に付き合ってもらってる礼だ」
 ああ、姉貴らしいな。
 まぁ、姉貴からしてみればそうなんだろうけど…。
 さっきの和のあの反応。そして今日一日の和の浮かれっぷり。
 シンゴがニヤニヤしながら言った。
「これは重症ですな、光さん」
 同じようにニヤニヤしながら言う私。
「もう手の施しようがありませんねぇ、シンゴさん」
 悪魔の笑顔を浮かべる私たちを見ながら、体制を整えた和は何も言わずにその場を去って行ったのだった。
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