二年前(十二月〜三月)

□十二月〜2〜
2ページ/2ページ

〜りとぅん ばい 光〜




「でさ、それ言ったら口笛吹いて誤魔化そーとしてンのッ。酷くない?」
 フード店の列に並びながら、和と話す。流石に12月25日の遊園地は人でごった返していた。シンゴがメンドくさがって荷物番するとか言い出したの、わかる気がする。
「あー…そりゃシンゴが悪ぃな」
「でしょでしょッ?! 酷いよね? よっし今度言ってやろ」
「なぁ、光」
「ん?」
「うまくいってンだよな? お前ら」
「…何それ」
「いや…さっきからシンゴの愚痴ばっかきーてる気が…」
 いや…それは…アレですよ…。
「だって…。シンゴのこと好きだもン…」
「ん…まぁ、俺に言ってスッキリすンなら、別にいーけどな。それにしたって今日は随分ご機嫌斜めじゃねーか? なんかイライラすることでもあった?」
 和の訊き方は、なんかいつでも優しくてホッとする。秋にユキさんに言われて捕手センサーがなくなってから、和の厳しいトコと優しいトコが段々わかるようになってきたのかもしれない。和になら、他の人には言いづらいことでも言えてしまいそうだった。…姉貴もきっとそうなんだろうな。
「………。先週病院行ったンだけど」
「うん…」
「…年明けても、当分リハビリは無理だって。経過良くないからって…」
「そか…」
「いつもみたいにシンゴに言おうかと思ったら、なんかよくわかンないけど、全然言えなくて」
「うん…」
「シンゴが笑ってる顔見たら、なんかもう…せっかく調子いいの邪魔しちゃダメって気がしてきて…」
 和は何も言わなかった。何も言わずに聴いてくれた。
「ねぇ、和」
「ん?」
「甘えたくないけど、心配もかけたくないときって、どーすればいーと思う?」
 素直に話せば私は甘えられてそれでいいけど、シンゴの負担も大きくなる。逆に、隠せば心配かけることになるわけで。
「よーするに光は、自分の問題を全部一人で解決したいンだよな」
「……ッ。あ…」
 諭すような声で和に言われて、気づく。しまった。そーゆーことか。
「シンゴのこと好きだから、大事にしたいって気持ちはわかる。けどな、男からしてみりゃ頼ってもらえないってのも、淋しいもンだぜ?」
「…さっきの私の台詞、完全にワガママ言ってたな。ごめん」
「いや、謝ることじゃねーけど。シンゴは光に甘えてるトコあっから、難しーんだよな。シンゴが悪いわけじゃねーけど」
 流石だなぁ…和。ホントに良く見てる。てか、よく見抜いてる。
「シンゴが甘えてくるのは正直ちょっと嬉しいんだ。あいつ、普段すっごくカッコいいから。誰も知らないところで私にだけ甘えてくれるの、ちょっと、嬉しい」
「ははは。惚気てンなぁ…」
「いーじゃんッ、別にッ」
「まぁ、だったら頼ってもいーんじゃねーか? 俺も望には頼りっぱなしだし」
 …まぁ、そりゃ和がいつも姉貴を頼ってンのは知ってるけど。てことは…もしかして、姉貴も和に甘えたりしてンのかな? うわ…全然想像できないや。姉貴に甘えてンのは私だもんね。
「そだね。うん。今までみたいに、また慎吾に頼ってみる…。つか、和ってなんでいつも見てるだけでそんなに色々わかンの?」
「んー、勘だ」
 ちょうどそこまで話した時、順番が回ってきて適当に和が4人分の食べ物を何品か注文する。
「えっと…4人で四千円以内にしてくれって姉貴が…」
「ああ、聞いてる」
 和が振り返って答えた瞬間、店の人の声が明るく響いた。
「四千円ちょうどになりまーす」
 え?
 支払いを済ませて、和と二人、トレイいっぱいにのった飲み物と食べ物を運ぶ。
「…これ、どれも十の位まで端数あるメニューばっかだよね?」
 これが噂の河合マジック…。
「まーな」
「…これも勘?」
「ま、勘てことにしとくか」
 ええええ。ちょっと和サン、笑顔がなんか悪い笑顔になってるよ?




 その後、食べてから順調に乗り物をひたすら回って、あらかた全部回ったかと思った時だった。
「最近の遊園地ってこんなんあンだな…」
 と、これは和の台詞。
「おもしろそーじゃん。入ろ?」
 と、これはシンゴの台詞。
 私と姉貴の声が重なった。
「いってらっしゃい」
 和が乾いた声で言う。
「ひょっとして二人とも…苦手なのか? お化け屋敷」
 うう…。苦手ですともッ! シンゴがふざけた笑顔でぷくっと顔を膨らませて口をとがらせる。
「マジで? 怖ぇーの?」
 うるさいやいッ。姉貴が少しキツめの口調で言った。
「煩い。行くならさっさと二人でいってきな。私たちは出口付近で待ってるから」
「…何が悲しくて男二人でこんなとこはいンだよ。四人で入りゃいーだろ」
 和の台詞に私たちが抗議する前に、係のお姉さんが柔らかく言った。
「申し訳ありません、こちらのアトラクションはお二人様ずつ一定時間をあけてからのご入場となります」
 それって…人数多いと怖さが半減するからそれを防ぐため…だよね?
「ほら見ろ。二人でいってこい」
 姉貴の台詞に有無を言わさず、シンゴが私の片腕をがっしり掴んで言った。
「じゃ、和己。俺ら先入っていー?」
「おう。あとでな」
 おいぃぃぃぃぃッ。こいつら入る気だよ? 話ぜんぜんきーてないよ?
「ちょ、シンゴやめ…」
 ああああ、腕めちゃくちゃ力入れて組んでやがる。全然はずれねぇぇぇ。
「だいじょーぶだって」
「姉貴ぃぃぃぃぃッ」
 断末魔とともにお化け屋敷に引きずれこまれていく私。…この時点ですでに半分泣きかかっている。
「ちょッ、光ッ! 放せ和ッ、いもーとが呼んでるッ」
「あのなぁ…たかがお化け屋敷だろ?」
「たかがってなんだよッ!!」
 入口に残された和と姉貴の会話が聞こえたのはそこまでだった………。
「うぅぅぅ…シンゴぉ…でよーよ…」
 不気味なライトが照らす細くて薄暗い通路をノタノタ歩く。さっきまでシンゴが私の腕を力いっぱい握っていたのに、今度は私がシンゴの腕に力いっぱいしがみついている状態だ。
「マジで苦手なの? なんかすっげー意外」
「ちょ…シンゴ…アレ」
 少し広めの部屋に出る。部屋の隅を這いながらズルズルこちらへ寄ってくる女性(?)。
「うあッ、ここ作りもンじゃねーんだな」
 そんなこといってる場合かぁぁぁッ。
 今すぐ逃げ出したい衝動に駆られるが、次の部屋へ行くには彼女(?)が這ってくる横を通らなければならない。
「光?」
 む…無理…。いつの間にか結構近くまで来ていた彼女(?)がゆっくりと顔を上げる。瞬間、顔を見てしまったシンゴが叫んだ。
「だあぁぁぁッ、光、ちょッ、行くぞッ。何やって…」
 しかし、顔を見てしまったのは私も同じ。
「………ごめん…」
「え?」
「…………腰…ぬけた…」
「ええええええッ」




 しくしくすんすん。真っ赤な目をこすりながら鼻をすする私と姉貴。
「…馬鹿ヤロー…」
「…もーお前ら嫌いだ」
 一応出口までちゃんと腕握っててくれたから許すけど。しくしくすんすん。
「…悪かったって。遊園地のお化け屋敷であそこまで出来がいーとは思わなかったっつーか、お化け全部人間がやってるとは思わなかったンだよ」
 シンゴが本当に申し訳なさそーに言う。 
 飲み物を買ってきてくれた和が私と姉貴に渡しながら苦笑した。
「ふつーお化け屋敷ってーと突然大きな音とか声出してビビらす系が多いからな。さっきのトコは本当に純粋な怖さだけで勝負してるっぽかったし、二人にはちょっと可愛そうだったかもな」
 低い声で言ってやる。
「和己。シンゴ」
「はい…」
「一人一回ずつな。私と姉貴と、合わせて一人二回ずつ」
 ものの見事に和とシンゴの声が重なる。
「へ?」
 返事も私と姉貴の声がぴったり重なった。
「なんでも一つゆーこと聞く事ッ!」
「ちょ、待てッ」
「いくらなんでもそりゃねーって」
 慌てる二人だがもー遅い。私たちを怒らせると怖いのだ。
 いつまでも慌てているシンゴと、諦めて青くなって片手で顔の半分を覆っている和。
 冬の遊園地の夕暮れを、カラスが西へと飛び去って行った。
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ