二年前(四月〜七月)

□六月〜2〜
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〜りとぅん ばい 望〜



 夏大のレギュラーも無事決まり、来週には組み合わせ抽選会が行われる。
 それが終ったら次は開会式…か。
 練習スケジュールと一緒にイベントスケジュールを確認していた私の手がふと止まった。
 あれ? これ書いたの誰だ?
 部室の部活用PCの横に置いていた私の卓上カレンダーに見覚えのない予定が勝手に書き込まれている。
 私の字じゃない…し、光の字でもない…。
 まさか…。
「先輩…ですか?」
 三年女子マネージャーの一人。さっちゃん、こと幸子先輩は、悪そうな顔で笑いながら言った。
「ぴんぽーん。流石望。よくぞ気づいたッ」
「よくぞ気づいたじゃないですよッ。何で人のカレンダーに予定書いてんですかッ。しかも…ッ」

 しかも、河合君の誕生日とか。

 いらんわそんな予定〜…ッ!
 つか、なんでハートマーク付きなんですか?
「消せないように赤ペンで書いておいてあげたからね。マネージャーたるもの、部員の誕生日くらいちゃんと覚えてないとね」
「うちの部員何人いると思ってるんですかッ。三日に一回は誰かの誕生日なんですよッ?! 大体、なんで和の誕生日だけ書くんですかッ?」
「だって仲いいんだも〜ん。ほら、練習終わった後とか良く二人で部室にこもってビデオ見たり、怪しげな密会してるし…」
 それはデータ解析作業だぁぁぁぁぁッ。
「誤解を受けるような言い方しないでくださいッ!」
「え〜…。面白いのにぃ〜…。せっかく誕生日教えてあげたんだから、その日二人でデートしてきなさいよぉ…」
「いや、間違いなくその日も夜まで練習ですからね? 練習終わった後部室で二人で話してるのだって、野球のネタだけですし…」
「ええええ〜…不健全だぁ〜…。あーあ…ハルカさんやカイトさんもそうだったけど、レギュラーってみんなそうなのよね〜…。誕生日くらい遊びに行けばいいのに…」
 不健全なのは先輩のほうだよ…。
 誕生日なんて関係なく毎日練習。うちは兄貴も私も光も子供のころからそれで当然だったから、遊び行くなんて考えもしなかった。
「残念ながら、私と和はそういう関係じゃないですから。先輩、カレンダー消しますから修正ペン貸してください」
「だめぇぇぇぇ。望はそうでも、河合君はきっと何か期待してるってッ」
 してないしてない。つか、期待されると困るから修正ペン貸してくださいって言ってるのに…。
「何かってなんですか? あいつが私からプレゼントもらえるなんて思ってるわけないでしょうに…」
「や…ホラ、前にアンタたち、林間でクラスの女子についていけなくて困ったって話してたでしょ?」
 う…ッ。思い出したくない話を…ッ。
 林間の後、うっかり先輩たちに質問しに行ったら、あの妙なアルファベットを知らなかったことについて散々説教された揚句、延々と説明されたのだ。
 要するにあーんなことやこーんなことの略称だったわけで。
 恥ずかしいったらありゃしない。
「忘れさせてください…」
「だーめ。あの時も言ったけど、アンタたちそんなんじゃ後で絶対後悔するよ? 高校の時の部活の思い出が朝から夜まで球児の世話に明け暮れてたとか。ダメダメ。せっかく部にいい男が山ほどいるんだから、ちゃんと本命探さなきゃ…」
 いや、それホントにやらなきゃダメなんですか?
「ま、光が野球道具の手入れしてくれたり、望が部室の事務作業全部やってくれてるおかげで、三年の私たち二人は表でおにぎり作って差し入れしたり、飲み物渡したり、華のある仕事ができるんだってのは百も承知してるけどね…。アンタたち見てると心配になってくんのよ…。いーい? 先輩からの命令。もっと積極的になりなさいッ」
「…はい」
 怒られてしまった…。




「あれ? パソコンの横にあったカレンダーどこ行ったの?」
 夜、練習終わりに部室でいつものように話していたら、和に気づかれた。
「あれね。ちょっとお茶こぼしちゃって…」
 ああ、嘘ついちゃったよ…。ちなみにカレンダーは私のカバンの中である。例のアレはまだばっちり書かれたままだ。
「望でもそんなことあるんだ」
 豪快に笑う和がなんだか恨めしい。
 お前のせいで私は先輩から怒られたってのに…。
「お前、私をなんだと思ってるんだ…」
「ああ、悪い悪い。お前、なんかそういう庶民的なドジネタ珍しいってか、似合わない感じがしてたから」
「イメージ壊して悪かったな。私はそういう奴だよ」
 ああ、どんどん逆恨みが八つ当たりに変化してるぞ私。
「ははは。そうかそうか。でも良かったよ」
「ん?」
 何がいいんだよ。ちっとも良くないっての。
「入学したての頃の望は表情も口調も硬くて、教室にいても、なんか話しかけられない感じだったからさ。たまたま保健室で話したら案外普通の人で、ちょっとホっとした」
「ああ。アレな。あの時は助かったよ」
 考えてみればアレだって庶民的なドジネタだろうに…。
「あの頃に比べたらお前、ホントに明るくなったな」
 心底嬉しそうに笑いながら言ってくれる和を見ながら、この前兄貴に言われたことを思い出す。
『…いいことだと思うぞ』
 まぁ…いいか。
「ありがと」
 …こいつの誕生日までに、なんか適当なモン買いに行こう。
 ピアノをやめてから、一年半。こんな気持ちになったのは、本当に久しぶりだった。
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