二年前(十二月〜三月)

□十二月〜1〜
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〜りとぅん ばい 望〜



「それじゃ、年内の部活はこれで終わりだ。みんな1年間、お疲れ様でしたッ」
「したッ!」
 12月23日。祝日。監督のあいさつに続いてコーチのあいさつ、主将のあいさつ、今年の反省、冬休みの諸注意などが言い渡され、年内の練習はすべて終了となった。
 明日から2週間、完全オフの冬休みだ。
 桐青野球部に許された年間でたった14日間の休日である。この年末年始のお休み以外は、平日、土日、祝日、GWもお盆もすべて関係なく、練習日。この日を心待ちにしていた部員たちが本当に嬉しそうに主将の話を聞いている。
「じゃ、みんなッ。来年またグラウンドで会おうッ」
「はいッ!」
「それまで事故や体調管理には十分気を付けて、ゆっくり休んでくれッ。…先に言っとく。冬の練習メニューはきついぞ。休みが明けたら、文字通り地獄だからな。みんな、思い残すことのないように。良いお年を」





「ゆーきーやこんッこんッ、あーられーやこんッこんッ」
 光の音痴な歌声が響く中、和己と慎吾と四人で帰路につく。今日はいつもより早く終わったから、まだ夕方にもなっていない。
「どこか食べに行く?」
「行く〜」
 のんきな会話をしつつ、ファーストフード店に入る。ちなみに学校は昨日で二学期が終わって今日から冬休みだ。
「でも明日は登校日だよね?」
 光の質問に、おなじみ和己先生が答える。シンゴも珍しく真面目に聴いていた。
「前夜祭だからな。午前中に教室に集合して、昼から礼拝があって、賛美歌を歌ったり、日が暮れるまでいつもみたいな宗教行事があって、夕方ごろから前夜祭がある」
「ごちそーでる?」
「…でる」
「わーい」
「前夜祭になった瞬間、まぁ、派手に祭りだな。でっかいツリーも出るし、花火もあがるし、イベントもいろいろあるし…。うちのクリスマスイベントは毎年評判いいらしいぞ」
 おおお。目をキラキラさせて話を聞いている光とシンゴ。光が更に和に訊く。
「25日は何もないの?」
「ないな。一般にはクリスマスのイベントは24日の夕方から25日の朝まで。学校では夜通しやるわけにはいかないから、24日の昼から夜まで。宗教の授業で説明があっただろ?」
「そーだっけ?」
 まぁ、光も授業中はよく寝てるからな。気が付くと、山のように盛ってあったポテトがほとんどなくなっていた。…和とシンゴだけで八割食べたのだろう。空になったジュースから口を離して、シンゴが言った。
「んじゃ25日、どっか遊び行く?」
 はしゃぐ光。
「行く行く〜。姉貴と和も行くよね? 四人でどっか行こ〜」
 軽く笑いながら和に言う。
「いいんじゃないか? 和、予定空いてる?」
「ああ。俺も構わないけど…どこ行くんだ?」
 シンゴが目を宙に泳がせながら呟く。
「遊園地…映画館…カラオケ…」
 あー…遊び行くっていうとそんな感じだな。
「遊園地かぁ…小学校の低学年の時に家族で行ったっきりだな…」
 光が叫んだ。
「行った行ったッ! 姉貴と私が小学二年で妹が一年…兄貴が五年だったッ」
「それ以来だから…八年ぶり?」
 シンゴが呆れたように言った。
「そりゃまた随分ご無沙汰してんだな…。んじゃ、ベタだけど久しぶりに遊園地行く?」
 反対する人はいなかった。というより、元々四人とも遊びに行き慣れていないメンツだったんだろう。野球バカが三人に、元演奏バカが一人。これで遊び慣れている奴がいる方がおかしい。




「流石に寒いな」
「そりゃ12月の下旬だからな」
 つか、24日。クリスマスイヴにクリスマスパーティなんて、したこと…あったかな?
 校舎の非常階段から見下ろす風景は、いつもの見慣れたそれとは比べ物にならないくらい、すごく綺麗だった。大きなツリーから伸びたイルミネーションの灯りに、はしゃいで走り回る生徒。夜店もいくつか出ている。ステージでは軽音楽部がクリスマスライブの真っ最中だ。
 いくらキリスト教だからって…学校の前夜祭ってこんなにすごいのか。
「和己は毎年こんなんしてたのか」
 すると、豪快に笑う声がして、白い吐息が空へ上る。
「まぁな。中学からだから、四年目か。去年までは俺も野球部の連中と一緒に下で騒いでたけど、流石に四回目ともなるとな…。つか、望は毎年家で過ごしてたのか?」
「いや、クリスマスはコンクールと重なってたりすることが多かったから。…子供のころから一人どこかの舞台の上。って、まぁ、去年と一昨年は家にいたけど……。あはは、何も覚えてないや。一昨年は怪我もまだ治ってなかったし、去年は家にいたはずなんだけど…なんか、その頃のことってぼんやりとしか思い出せなくてさ」
「………」
 あーあ。やっぱ暗くなっちゃったか。ま、私の所為だけど。
「ンな暗くなンな。今日一日クリスマスイヴを謳歌しただけでも私は充分幸せだって。友達と夜店まわってプレゼント交換したり、野球部の連中とおいしいもの食べたり、光とケーキたらふく食べたり…さ」
「…そか」
「あと」
「ん?」
「和己と二人でこうして過ごせることも、な」
 満面笑顔で言ってやると、ホッとしたような顔で少し笑って、私の肩を抱いてから、和己は言った。
「…今日一日だけじゃなくて」
「…?」

「これからずっと、幸せになれっから」

「………」
 幸せに…なれる?
「そんな不安そうな顔すンな」
 その屈託のない笑顔を見て私の思考は現実へと戻った。いつもの安心が、そこにはあって。軽く笑って私は言った。
「…ありがと。なんかちょっと幸せすぎて怖いな」
「…前に、自分の存在が誰かの邪魔でないか考えるのが怖いみたいなこと、言ってたろ? まぁ、望はそのことで酷い経験してっから仕方ないのかもしんねーけど、そんなんふつーだぜ。誰だって考える。自分なんていなきゃよかったーとか」
「………」
「けど、世の中ってのは不思議なもンでな。始めから存在していなかったらなんて仮定はハナから成立しないよーにできてる」
「なら、今、突然いなくなったら?」
「望が今、いなくなったら。…少し考えりゃわかるだろ? 俺が泣く」
「………」
「けどな、こうも考えられるだろ? 自分がいることで、幸せにできる人がいるかもしンねー。…いなくなって誰かを泣かすより、自分がいて誰かが幸せになンならそのがよっぽどいい」
「いーのかな。…幸せになって」
「悪いことじゃねーよ。…幸せになンのは。怖いことでもねー。ま、そのうち慣れる」
 ゆっくり、諭すような一言一言があったかい。
「…頑張るよ」
 和は私の顔を見て、すべて悟ったような不思議な顔で笑っていた。なんだかホッとして、私もつられるように笑う。
 だからせめて、今こいつが幸せそうに笑っているのは、『私』がここにいるから…だといいな…と、心から思った。
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