二年前(十二月〜三月)

□十二月〜2〜
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〜りとぅん ばい 望〜




 足が情けないほどガクガク震える。必死にバランスを取ろうとするが、掴まるものの何もない腕がむなしく空を切る。
「いって…ッ」
 どて。力いっぱい氷の上に尻餅をついて思わず叫んだ。スケートリンクにいた他の客が一斉にこっちを見る。…恥ずかしい。
「だ…大丈夫か?」
 流石に呆れた顔で苦笑しながら和が伸ばしてくれた片手に掴まる。
「…だから私はあっちで見てるって言ったンだ」
 弱弱しく言ってやると、背後からすごい勢いで滑ってきたシンゴが私の横で綺麗に止まって軽く言う。
「すげー派手に転んだな、今。望、まだ立てねーの?」
 和が苦い声で言った。
「望、できないできないって思ってたら一生できねーぞ?」
「…わかってる。だからこーして練習してンだろ…ッ」
 言いながらも足は相変わらずプルプルいってる。塀に掴まってるとはいえ…こんなところで立てるわけがない。
「スケート初めてなのは光も一緒だろ?」
 シンゴに言われて遠くを滑っている光を見る。手を後ろに組んですごい勢いで華麗に滑る姿はとてもではないが自分の妹とは思えない。和が淡々と言った。
「…ま、光と同じように滑れとは言わないから、せめて立てない滑れない出来ないの三つを頭ン中から消せ」
「…う…。はい…」
 立てるわけないとか考えてたのバレてる…。
「で、とりあえず力抜いてみ。支えてっから」
 えー…。とか思ってたら塀を掴んでいた片手をシンゴが握って無理やり塀から私の手を離す。
「ちょッ。やめ…ッ」
「放さねーから。ホラッ」
 もう片方の腕を和が握っている状態だった。
 もちろん、私の体重はほとんどこいつら二人にかかっており、足はつるつる滑りながらバランスを取っている状態。次の瞬間、ズルっと一気に両足とも揃って前に行ってしまって、ガクッと腰が抜ける感覚と、両腕を握っている二人がグッと力を入れて落ちないように支えてくれる感触があった。シンゴの低い声が耳元で響く。
「落ち着け」
「…ごめん…」
「はい。そのままふつーに立って」
 和に言われるままにゆっくり腕を引き上げてもらいながら体勢を立て直す。…ん…? あれ?
「…お?」
 立てた?
「そのままの体勢維持してろよ」
 え? と思ってたら、二人同時に手を離した。
「ちょ…ッ、こけるこけるこけ…てない? あれ?」
 立ってる? ふつーに…。
 すごい勢いで滑ってきた光が嬉しそうに言う。
「姉貴が立ったッ!」
「クララが立ったッ!」
 わざわざシンゴが言い直す。私が苦情を言おうとした時には、二人仲良く向こうの方へすごいスピードで滑り去った後だった。
「わかった?」
 和に言われて大人しく頷く。そう。だから私は体育苦手なんだ。無理だと思ってるから。




 遊園地内のスケートリンクから出て、フードコートで一息入れる。
「最後の方、結構すべってたじゃん」
「ありがと。シンゴも手伝ってくれて」
 ちなみに和と光は食べ物を求めて店の前で並んでいる。私とシンゴは荷物番だ。
「望って理屈ではこーすりゃできるってのがわかってンのに、なんであーなるわけ?」
「…悪かったな」
「うーん…。だってさ、お前俺らが練習してる時だって色々言ってっけど、アレわかるって事は打撃フォームとか投球フォームとかすげー詳しいってことだろ?」
「だからってバットやボール渡されても私は何もできないからね?」
「だよなぁ。あ、この前もらったノート、すっげー役に立ったぜ? 俺のデータ。改善案つきでさ」
「ああ、アレね。データとって分析したのは私だけど、改善案は光だよ。私たち、字似てるからわかンなかったかもだけど…。光、昼間にコーチと色々相談して、家に帰ってから部屋で夜中まで延々ノートにいろいろ書いてた。だから光一人で決めて書いてるわけじゃないけど…。他の奴らのも一人ひとり全部そうやって私たち二人で手作りしてる」
「…そっか。すげー手間かかってンだろなってのはノート見た瞬間わかったけど…。ありがとう」
 な…なんか、笑ってないシンゴに真面目な顔でありがとうって言われたの初めてかもしれない。いつもふざけた笑顔で軽く「さんきゅ〜」だったし。
「マネージャーだからね。それに、私が夜中までデータ分析してそれでお前らが勝てンなら、徹夜でもなんでもするよ」
「…マジか?」
「マジ。つか、甲子園行くんだろ? そんなんどこの学校もみんな同じこと思ってるよ? その中で勝とうと思ったら、一つでも他と違う事しないと。一試合一試合、相手のデータ集めて確実に勝てる方法丁寧に考えて何度も何度もシミュレーションして、味方の選手一人ひとり着実に伸ばしていって…勝つってのはそういうこと一つ一つ全部やっていくことだと思うからさ」
「………。あのさ。なんつーか…俺らは自分の為だけど。…なんでそこまでしてくれンの? マネージャーだからっつったって、他の学校じゃそこまでやンないマネジが大半だろ? ……やっぱ、和己の為?」
「そう…だな。改めて訊かれると…和己の為…でもあるけど、やっぱ野球部の為、かな? 部員の為…。いや、どれも違うか。…シンゴたち三人には、私の事全部話したから言うけど、多分私は今でも頭のどこかでは怖がってんだ、人と関わるの」
「………」
「けど、そーゆーのもーやめたッ。和己がさ、春からずっと、私が持ってきたデータ見るたンびに毎回毎回ありがとうありがとうってさっきのシンゴみたく真面目な顔で礼言うンだよな。そしたら…なんか嬉しくてさ。ははは。人と関わっててうれしー時の気持ち、思い出した。私は光みたいに野球大好きってわけじゃないけど、お前ら野球部の連中のことは好きだし…中学時代ひきずってる自分は嫌いだからさ。なんとかしたくて。毎日出来る限り限界まで頑張って必死になってお前らの世話してたら、何かが変わる気がするんだ。だから…そうだな。結局私も全部自分の為」
 笑顔で言い放った。シンゴはずっと真面目な顔で聞いていたけど、話終わってしばらくたってから極々小さな声で一言。
「…望も、毎日戦ってンだな」
「え?」
「なんでもねー。望」
「ん?」
「頑張りすぎンなよ。それと、キツい時はちゃんと甘えろよ。和いンだから」
「…甘えろってお前…そんな…」
「甘えとけ。…望が一人でつらそーな顔してっと、俺も光も辛ぇからさ」
 顔をそむけたシンゴを見て、昨日和に言われたセリフを思い出す。
『少し考えりゃわかるだろ? 俺が泣く』
 和だけじゃなかった。多分、シンゴと光だけでもない。私が幸せになって欲しい人たちはみんな、多分私が不幸になると泣いてくれる。それだけはやっちゃだめだ。
「そーだな。ありがと、シンゴ。…無理しないよーにするよ。キツい時はちゃんと和に言う」
 静かに微笑んで言うと、少しだけ困ったような顔でシンゴは小さく言った。
「…おう」
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