二年前(十二月〜三月)

□十二月〜3〜
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〜りとぅん ばい 慎吾〜




「てことは、結局正月も光の両親日本に帰ってこれねーの?」
 冬の河原で軽くボールを投げながら訊く。
 若干とりづらそうにグローブで捕りながら、光が頷いた。
「お正月には帰ってくるって言ってたンだけどなー…。ダメっぽいってさ」
 言いながら利き腕と逆の手で光が投げる。練習の成果なのか、逆手にも関わらず普通に俺のグローブに気持ちいい音を立ててボールが収まる。グローブはもともと持っていたのと逆の手用をわざわざ買いに行ったらしい。
 ホント…よくやる。
「すげぇよな。親が海外赴任から全然帰ってこねーとか。よっぽど信頼あるっつーか…」
「放任主義なだけでしょ? 昔っからそーだよ。仕事仕事でさ。転勤だって何回もしたし」
「マジ? 大阪からこっち来ただけじゃねーの?」
「ウンと小っちゃいころは甲子園町だったよ」
 なんなんだそのギャグみたいな町名は。
「何それ?」
「甲子園町の中でも鳴尾の方…て言ってもわかンないか。阪神甲子園球場のすぐ近く。ぼろっちぃアパートでさ。窓開けると球場の球の音が聞こえてくンの。他のこと全然覚えてないけど、海が近かったのと、よく球の音が聞こえてたのだけは覚えてる」
「…なんかフクザツな境遇だな、それ。甲子園行っても昔住んでたあたりって事だろ?」
「いやそれがさ、甲子園自体は行ったことないんだ。すぐ引っ越しちゃったし」
「へぇ…ちなみにその次はどこ?」
「京都の宇治」
「え? マジ? じゃさ、蛇口からお茶出るってホント?」
「通ってた小学校の蛇口からは出たよ。水道の一番端っこの蛇口はお茶だった」
「マジかよッ! てっきり都市伝説かと思ってた」
 馬鹿話をしながら、しばらくキャッチボールを続ける。
 途中で休憩して、河原で座って話した。
「一昨日の試合、どーだった?」
 一昨日ってーと、シニアのOB戦だ。久しぶりに会ったシニアの連中とすっかり盛り上がって、昨日はシニアの連中と遊びに行って。今日光と遊ぶのは元々約束してたけど、四月に知り合って以来、二日も光の顔を見なかったのは初めてだ。…ほんっとーに毎日会ってンもんな。
「一昨日なぁ…。何故か俺、サードだった」
「…マジ?」
「OBチームの打順と守備は監督が決めンだけど、セカンドは先輩が入ってたから。あと、俺シニア時代に内野は一通りやったことあっから、それのせーだろな」
「そーなんだ。高校入ってからはずっとセカンドしてたよな…。他もやりたい?」
「…セカンドだけやらせろよ、頼むから」
 冗談じゃねーぞ。光が爆笑しながら言う。
「打撃だけじゃなくて守備も結構器用だったんだ。内野ならどこでもできるってことでしょ?」
「…そのほーが起用してもらえるだろうと思って他の内野ポジションも練習した。シニア時代はシニア時代でレギュラー取りに必死だったンだよ。でも、他で起用してもらえてもホントはセカンドやりてーって思ってた。なんでセカンドやらしてくれねーんだよとか」
「ああ…わかる。私もさ、結局投手でなきゃ嫌なんだ」
「…だろーな。でなきゃお前、とっくに女子野球部行ってンだろ? バット振るだけなら問題ねーだろーし」
「行かないよ? 桐青は女子野球部、軟式だし。そもそも投げられないから試合出れないし」
「でも、逆手練習して投げられるよーになったら内野ならできンじゃね?」
 光の瞬発力と反射神経なら守備も上手だろうし、それこそ内野ならどこでもやれそうだ。
「かもな。けど…投手やれるレベルの肩作ろうと思ったら…ちょっと無理かなぁ…」
「………」
 手首だけ使って利き手で川に軽く石を投げて、光は続けた。
「…全部自分が悪いンだけどな。投げてたから…」
「そンだけ…好きだったってことだろ? 投げるのが」
「うん…」
「悪いことじゃねーだろ。別に」
 光の方は見なかった。川だけ見つめながら、話す。光も、俺の方を見ずに言った。
「………。シンゴ」
「ん?」
 泣きそうな声で、光が言った。

「利き腕、やっぱどーにもならないっぽい」

 ………。
 できるだけ、慎重に訊こう。
「年内は無理って言われてた、アレか?」
「経過…ダメ…ぽくて。…年…明けても…無理…て言われて」
 ……ッ。光が病院でそれ聞いてから…いったい何日経った?
 その間、俺は、顔合わせてたろ?
「…お前なんでそれ…今まで言わなかったの?」
「…ごめん。隠してたとかじゃないけど…言い出せなかった」
 俺が、頼りねーから? …か?
「…ごめん」
「なんでシンゴが謝ンの」
 わかンねーよ。俺も。
「言い出せなかったの、多分俺のせーだから」
「…違う。言わなかったのは、私が悪い。つか、ホントごめんね。こんな結果で。春から結構今まで色々心配してくれて、私の為に色々言ってくれたのに…。『投げれる』って言ってくれたの、ホントに嬉しかった。シンゴがそれ言ってくれたから、頑張ればできるって見せてくれたから、私もここまでずっと頑張ってこられたんだと思う。ありがと」
 なんで礼言うンだよ。何も解決してねーだろ。なんで…。
「…終わったみたいな言い方してンじゃねーよ」
「もーいいって。シンゴとキャッチボールできただけでも良かったよ」
「よくねーよ」
 くっそ…。なんとかしたい。けど、なんもできねー…。こんなんじゃ頼りねーとか思われンの当たり前だ。
 光が泣いてる声がする。
 今まで泣き言ひとつ言わず、ずっと我慢し続けてきたんだろう。
 キツくてキツくて…こいつはもうそれが限界まできてンだ。
「も…あき…ら…める…ッ、から…ッ」
「………ッ!」
 ふざけんなッ。
「…もう…そのが…楽…だから」
「いーのかよそれでッ! 本気で諦めたいって思ってンのかよッ!」
 しばらくして、顔をごしごし拭ってから光は小さな声で話し出した。
「ホントは故障したとき、もう諦めようって思った。野球やめて、つかやれなくなって、それから何日も野球どころか何もできなくなって…。道具全部見えないとこに仕舞って、勉強道具買い込んで高校受験に忙しいフリしたりテレビとかでやってたらチャンネルかえたり…。野球の『や』の字も見たくなかった…ッ。でも無理だった。諦めきれなくて、病院通い始めて…」
 そこで黙って再び泣き出してしまった光に、俺は気が付いたら言ってしまっていた。
「…ごめんな、光」
「………ッ」
 光が反射的にこっちを見る。そして、固まる。情けなかったが、俺も泣いてた。
「…ごめん…俺、何もできねー…。何もできねーから…諦めんなって言ってやることもできねー。けど光、お前さ…お前、ホントにそれでいーわけ?」
「………。…くないッ。いーわけ…ない…ッ」
 しばらく見つめていたら、光は泣きながら続けた。

「野球…したい…ッ」

「………」
「…野球…したぃ…よぉ…」
 そのまま泣き崩れた光の肩を黙って抱いた。
 俺の腕の中で枯れるほど泣いて、日が暮れて泣き止んでしばらくしてから、光は言った。
「…諦めるとか、泣き言言ってごめん。アレ、なしにしてもらっていい?」
「いーから。何度もでもなしにしてやっから、泣き言言いたいときは言え。んで、泣きたいときは泣け。…光が泣き止むまでずっと、抱いててやっから」
 しばらくして、コクリと頷いてから、光は赤くなった眼をこすった。
「もっかい、頑張る」
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