二年前(十二月〜三月)

□十二月〜おまけ〜
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〜十二月のおまけ〜



 切るべきか、切らざるべきか。それが問題だ。
 切る。その場合、通ってしまえばこれでリーチ。だが、遼と桜のリーチが問題だ。万が一ここで振り込んでしまったら…。
 光の頭の中を迷走する思考。
 切るべきか、切らざるべきか…。
「だがしかしッ、あえて切るッ! リーチッ」
 パツン…ッ。光の捨て牌が卓の上に叩きつけられる。
 緊張の一瞬。
 びりびりした空気が肌をしびれさせる。
「…どう…? 当たり?」
 ビクビクしながら訊く光。しかし、遼と桜は同時に首を横に振った。
 はぁぁぁぁぁ。
 ホッとして安堵の息をつく光。続いて望が牌を取って、適当な牌を選んで捨てる。
 冴木家の正月恒例行事、兄妹麻雀である。
 四人兄妹ならではの行事で、この勝敗で従姉からまとめてもらえるお年玉の分配を決めているため、緊迫した勝負が毎年繰り広げられている。(一昨年のみ未開催)
 望の捨て牌には期待できない。
 なぜなら、彼女が振り込むことはまずありえないからだ。記憶力と読み、思考回路の性能では彼女は兄妹一を誇る。いかに自分以外の三人がリーチのこの状況でも、彼女が振り込むことはまずないだろう。
 そして、望のあと、遼が適当な牌を取って、そして迷いなく捨てる。
 望の次に振り込む率が少ないのが遼だ。遼は頭の切れもさることながら、運もそこそこ良く、何より場の流れを引き寄せる勝負強さは四兄妹の中で文句なしに最強。
 そして、遼の次に勝負強いのが、光。臨機応変の対応力と、直感力、そして手牌を読ませない器用なテクニックで最強勝負師の兄と天才的な頭脳を持つ姉の攻撃を見事にかわしている。
 だが。
 ゆっくりと、桜が牌を引く。
「あ」
 可愛らしい声に、三人がビクッと肩を震わせる。

「ごめん。ツモっちゃった」

 あああああああ。と、頭を抱えたりため息をついたりする三人。
 そう。桜のドローは奇跡を呼ぶ。
 決してここ一番の勝負に強いわけでも、読みが強いわけでも、直感が鋭いわけでもない。にも拘わらず、強運だけですべてをひっくり返してしまう末っ子、桜。
 その圧倒的な運の力で兄と姉二人に立ち向かう。この四人の激戦は毎年かなりの接戦だ。
 点棒が桜の元に何本か投げられる。じゃらじゃらと牌を混ぜながら、遼がつぶやいた。
「そーいや今朝、親父達からメール着てたぞ?」
「あー、なんて?」
 淡々と訊く光に、内容を話す遼。
 遼の低い声と、牌を混ぜるじゃらじゃら音だけが響く中、望が何かに気づいたように言った。
「玄関のチャイム鳴ってない?」
「え?」
 思わず手を止める三人。牌の音が止んで、三人が耳を澄ますと、確かにかすかに聞こえるピンポーンという音。
 慌てて下へ降りていく桜。光と遼が口々に言う。
「流石姉貴、よく聞こえたね」
「相変わらず地獄耳だな。全然聞こえなかったぞ?」
 望が何か言いかけた瞬間、ガラッと部屋の戸が開いて、呆れた顔で苦笑した海斗が立ったまま言った。
「…明けましておめでとう」
「おめでとー」
「毎年毎年、なんでここの兄妹はお正月に麻雀やってるかなぁ…。しかもお金かけてやってるでしょ?」
「金っつっても年玉だけどな。カイト、お前もやるか?」
 やるわけがない。というより、四年前に一度参加して酷い目に遭っている。
「俺はもー二度とやらない」
 当時、中学三年だった海斗が正月に遼を初詣に誘いに来て、家に上がらせてもらって見た光景が、兄妹麻雀だった。
 中三だった海斗にとって、小学生の妹と麻雀にふける遼の姿は怒りと笑いを通り越して、呆れるしかなかったという。
「お前もやれ」
 と言われて桜と交代で卓についたものの、役どころかルールすらわからず、他の三人にカモられまくった痛い思い出である。
「それでも、玄関のチャイムが鳴っても気づかないってのはまずくない? 去年まではご両親がいらっしゃったから良かったけど…」
 今年からは兄妹四人しかいないため、正月だけ麻雀部屋と化している遼の部屋から玄関のチャイムに気づきにくくなっていた。
「望が気づいたから問題ねぇだろ。ところでカイト、今年も初詣か?」
「ああ。誘いに来たつもりだったんだけど、まだ決着つかなさそう?」
「悪いな。今年は長引きそうだ」
 言いながら牌を適当に卓の隅に寄せて、二段に重ねる遼。残り三人も同じような動作をしながら、慣れた手つきで次の準備をしていく。
 望が手を動かしながら言った。
「兄貴、ごめん。今年は私と光、他で初詣行く約束してて、あと一時間くらいしたら出ないと…」
 海斗がコートを脱ぎながら笑顔で言う。
「彼氏?」
「おい」
 低い声で遼が言う。しかし、どすの利いた遼の声を完全に無視して海斗は笑顔で続けた。
「この前夕飯食べに来てた子たちでしょ? 確か、河合君と島崎君」
 光が無邪気に言った。
「そーでーす。四人で行こうって話になってて。今年は雪合戦楽しみにしてたから、カイトさんとも行きたかったんですけど…すみません」
 冴木家のもう一つの正月恒例行事。それが、初詣の帰りの雪合戦だ。(去年と一昨年は未開催)
 これは海斗も普通に参加するし、お金もかけない。ごく普通の雪合戦だ。
 …たまに変化球が飛んでくることを除けば。
「雪合戦って…光ちゃん、最近投げてるの?」
 少し慎重に海斗が訊く。この雪合戦は、光が肩を故障してから一度も開催されていないからだ。しかし、答えたのは光ではなく、遼だった。
「こいつ、最近利き腕と逆の腕で投げてやがる。学校で練習したらしくてな。俺も最近まで知らなかった」
「あと、部屋でもこっそり練習してました〜。すごい?」
 可愛らしく言う光に、海斗はしばらく目を丸くしていたが、やがて真剣な顔で一言。
「すごい」
 海斗の返事を聞いて、満足そうに微笑む光。遼が苦笑して言った。
「たいしたもンだぜ。なかなかできることじゃねぇ。この前庭でやったが、キャッチボールくらいなら問題なくできた。器用な奴だ」
「あとで、俺も見せてもらっていい?」
 少し顔を赤くしながら光が答える。
「ていっても、普通に投げるだけですよ? ホントはマウンドから投球できるようになるのが目標なんですけど、それは道が遠そうだなぁ…とか」
 しばらく感心しながら話を聞いて落ち着いた後、家を出てから海斗が遼にこっそり言った。
「最近、望ちゃんも家でたまにピアノ弾いてるでしょ?」
「聴いたか?」
「この前聴かせてもらった。光ちゃんといい…なんだか、すごいね。二人とも。あれだけの出来事があったのに…」
「…当然だろ。俺の妹だ」
 くすくす肩を震わせて笑いながら、海斗は言った。
「彼氏の力だったりして」
「おいッ」
「この前のOB戦で河合君と島崎君の打席だけ、ハルカ妙に力はいってたでしょ? 上手く隠してたから、俺しか気づかなかったと思うけど。絶対三振取るって目してた」
「………」
「大変だねぇ、お兄ちゃん」
 ニヤニヤしながら言う海斗に、遼の叫びが正月の空に響き渡った。
「…っせーよ…この…ッ、バカイトッ!!」
 

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