二年前(十二月〜三月)

□一月〜1〜
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〜りとぅん ばい 光〜




 ぱんぱんッ。手を合わせて心の中で唱える。
 両親の仕事が順調にいきますように。
 妹の高校受験がうまくいきますように。
 姉貴が和と幸せになれますように。
 それと。
 試合に勝たせてくださいとは言いません。
 兄貴やカイトさん、和や、桐青野球部のみんな…それに、シンゴ。
 みんなが一年間、怪我しませんように。

 ずっとずっと元気で故障せずに野球ができますように。

 お正月の神社はごった返していた。
「えいッ」
 一斉に引いたおみくじを開く。
「大吉ぃッ」
 ぴらぴらとくじを振る私に、姉貴が横で言った。
「私も大吉だ」
「俺も。つーか、大吉しか入ってなくねぇか?」
 苦笑して言う和の横で、暗い声が響いた。
「いや…少なくともここに一枚、凶が入ってる」
 シンゴ…。凶って…。
 シンゴの凶を三人で確認する。
「健康、思わぬ怪我に注意。失せ物、出てこないでしょう。勝負事、思い通りに事が運ばない。ただし、諦めなければチャンスあり…て、酷ぇな」
 苦笑する和の手からピシャっとくじを奪い取って木の枝に結びながらシンゴが言う。
「チャンスありだったら酷くねーだろ」
 和が軽く笑って返した。
「チャンスが来る前に怪我すンなよ?」
「しねーよ。大体俺、これ初詣じゃねぇし」
「あれ? もう先に一回行ったの?」
「大晦日の夜に山ちゃんと地元の神社行った。そン時引いた奴は吉だったから今年の俺の運はそっちだろ」
 山ちゃん? あ、そうか。電車で同じ駅から通ってるンだっけ?
「どっちにしてもたいして良くないんじゃ…」
 苦笑する姉貴の台詞をシンゴが強引に打ち消す。
「いーのッ。俺は運より実力で勝負する男だから」
「えー…?」
 姉貴と二人で口をとがらせてみる。シンゴの物マネだ。自慢じゃないが、これは私の方が上手い自信がある。
 去年買ったお守りを返して、みんなで新しいお守りを買う。四人で同じものを持つのは初めてだったから、地味に嬉しい。神社にいくつか出ていた屋台で買い食いして歩いて、それから電車に乗った。
「すげー人だな」
 ぎゅうぎゅう詰めになって、男二人を奥に押し込んで、ドアのところで姉貴と二人で密着したまま小声で話す。
「どこ向かってるの? コレ」
「さぁ? 和とシンゴが二人でてきとーに決めたらしーよ?」
「ま、私たち観光スポットとか全然知らないもンね」
「だな。まぁ、私はお化け屋敷とスケート以外なら何でもいーよ」
 延々と電車に乗って、たどり着いた駅から少し歩いたところで、姉貴がつぶやいた。
「波の音がする」
「え?」
 和とシンゴが軽く笑う。
「流石に気づくの早いな」
「もうちょい歩いたら海だぜ」
 二人が連れてきてくれたのは、冬の海だった。
「うあ…すっごいッ、こんなところあったのッ?!」
「東京…だよな? ココ」
 姉貴の声にハッとする。
「そーなの?」
 和が苦笑した。
「…埼玉には海ねーからな」
 もしかして…わざわざ調べてくれた…とか?
「ま、ホントは夏とかに来た方が良かったかもしんねーけど…」
 呟くシンゴに浜に向かって駆け出しながら、大きな声で叫ぶ。
「そんなことないッ。寒くても海見るの大好きッ。シンゴ〜和〜ッ。ありがとう〜」
 叫びながら冷たい浜風を全身で受ける。
 靴の下の砂が柔らかい。
 響く波の音。
 私と姉貴は、海で遊んだことが一度もない。
 だからずっと海に遊びに行くのが夢だった。
 でもそれは私だけじゃないだろう。夏に海なんて、きっと和もシンゴもほとんど経験がないに違いない。下手したら、一度もないかも…。
 夏に遊んでいられる球児なんて、まずいないだろうから。
「すごいね…海」
 波音が懐かしく感じられるのは、子供の頃に聞いていた証拠なのだろうか? 全然覚えてはいないんだけど。
「流石にちょっと寒いけどな」
 いつの間にか隣にいたシンゴに、笑顔で言ってやる。
「夏じゃなくても、たのしーよ。波見てるだけで全然飽きない」
 苦笑してシンゴは言った。
「俺は夏に来たかったけどな。…光の水着見たかったし」
 ヤラしい顔になっているシンゴに、笑顔のまま、言ってやる。
「寒中水泳してくる?」
「いやいや、絶対かわいーって」
「持ってないもン。水着なんて」
「んじゃ、俺に見せるために買ってきて」
「やーだよ。着る機会ないのわかってンのに」
「…オフ残り一週間あるし、スパとか温水プール探すか」
「そこまですンの?」
 どんだけ私の水着みたいわけ?
「いーじゃん、光だって泳ぎたいだろ?」
「泳ぐだけなら施設レンタルのスクール水着で充分です」
 ぴしゃりと言い放つと、口をとがらせるシンゴ。
「えー…。シンゴさんがかわいそーだと思いまーす。ビキニ買うべきだと思いまーす」
 ちょ。
「死んで来いッ。そんなん着れるわけないだろッ。それに、シンゴと二人で行くならいーけど、姉貴誘うならツーピースは絶対着ないよ?」
 姉貴は背中に傷跡残ってンだから。一瞬にしてその事に気づいたシンゴが顔を曇らせる。
「あ…そか。…悪い。調子乗ってた」
 ああ、まぁ、別にそんなに気にしなくていいけどさ。
「それに姉貴のことだから、泳げないからヤだって言い出すンじゃないかな。スケートん時みたいに」
「でもあの時は嫌々だけど来てたぜ? 結局は結構滑れてたし」
「んー…」
 遠くの方で和と二人でだべっている姉貴を見ながら、私は続けた。
「そーだねー…。あの時みたいに姉貴が少しでも『やってみよーかな』って思えるンなら、泳ぎに行くのもいーかもね。無理しない範囲でさ。最近姉貴は明るくなってきたけど、それでも前に比べればまだまだ笑わないほーだし、夜もごくたまに眠れないみたいだし」
「光ってさ」
「ん?」
「ほんっとーに望の事、大好きだよな」
「な、何イキナリッ。好きだよそりゃ。たった一人のお姉ちゃんだもンッ」
「いや、そーじゃなくてさ。なんか、姉妹以上に繋がってるっつーか」
「あー…双子だから?」
「…かもしれねーけど。なんかさ、最近ちょっと光の影響で俺も思うよーになってきたかも」
「何を?」
 地平線に夕日が沈む。その横顔を赤く染めながら、シンゴは言った。

「和と望が幸せになれるよーにって。んで望、早く前みたいに笑えるよーになるといいな」

 その笑顔は本当に本当に綺麗で。
 私が一番幸せになって欲しい人が誰で、私が一番欲しいものがなんなのか、シンゴはわかってくれてる。
 そんな気がした。
「………。シンゴ」
「ん?」
「ありがと…。シンゴがそーゆってくれる人で良かった…ッ。私は…ッ」
 思いきり背伸びしてシンゴの後頭部に腕を回して口づける。口を放してから、目を丸くしているシンゴに言った。
「すっごい幸せだよ。シンゴ、大好き」
 しばらく真っ赤になって硬直していたシンゴが、口元を押さえながら言った。
「やべ…もー俺、これで死んでもいい。悔いねーわ」
 えええええッ。死ぬのかよッ。
「ちょッ、そんなにかんどーしないでよッ。ちょっと、何涙目になって…えええ」
「あー…やっべ…。今のは良かった…。もっかい言って」
 あのなぁぁぁ。
 その後、今年初の太陽が完全に海に消えるまで、くだらない応酬が続いた。
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