二年前(十二月〜三月)

□一月〜2〜
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〜りとぅん ばい 光〜




 年が明けて、あっという間に短い休みが終わり、冬休みの部活が始まった。
 久しぶりに会うみんなは、休み明けでとてもリフレッシュされた表情で、どんなキツいメニューでもどんと来いって顔だった。
 …最初だけは。
 主将が『文字通り地獄』と表現した意味が、みんなにもわかったのではないだろうか。
 桐青の冬のメニューは本当に厳しい。
 短距離走、長距離走、各種筋トレ。
 そのどれもがものすごくキツいのだ。
 短距離走だと、タイム制限つきで遅れるとさらに追加。そんな要領だったから、休み明けでなまった体でみんながついていけるはずもなく、バテる部員が続出した。
「走れッ。休むなッ、休むとよけーに増えるッ」
 息を切らしながら和が他の一年を励ましながら走っていたが、その和でさえ、段々無口になっていった。
 バットもボールも触らず、とにかく走る走る走る。練習用のユニフォームを着ていなければ一体何部なんだかすらわからない。
 とにかく、初日はなんとか全員が走りきり、クタクタになった体でよろよろと着替えに向かう。
「お疲れ〜ッ」
 声をかけても。
「…ぉつかれ…」
「……つかれ」
 このありさまである。半泣きになる子までいた。
「あれ? シンゴは?」
 姉貴が低い声で言った。
「和とマサと山ちゃんと一緒に向こうでバット振ってる」
「…そか。流石に冬のメニューこなした後で自主練する奴はいないだろーと思ってたけど、あいつら根性あるね」
 秋に負けたとき、みんながどれだけ悔しい思いをしたかは知ってる。
 みんな、夏の為だ。
「それから」
「ん?」
「ユキさんと主将と、他にも二年のレギュラーが何人か、まだグラウンド走ってるよ」
 そっちも自主練ですか…。ホント、みんなすごい。
「んじゃ、私たちももう一仕事しますか」
「ノート作り、まだ全員分できてないもンな」
 冬メニューはあまり手伝うことがないので、ここぞとばかりにノート作りやらスコア整理やら他校のデータ整理を二人で一気にやっていた。私たちは絶好調だ。




 三学期が始まっても、冬の走り込みメニューは続いた。
「冬休みの宿題、これで全部? 他に写すものない?」
「ああ、これで終わり。悪ぃ…。助かった…」
 言い残して、机に突っ伏して寝始めるシンゴ。和も山ちゃんも、クラスを見渡すと、野球部の連中は朝礼前から全員寝ていた。
 そしてそのまま、昼食べる以外は放課後まで起きない。
 文字通り死んだように眠っていた。
 そして、放課後になれば再び走り続ける部活が待っている。
 それでも彼らは自主練をやめない。
「お疲れ〜ッ」
 制服に着替えて部室のカギを閉めてから元気に言うと、同じく制服姿のシンゴが死んだような声で返してくれた。
「オツカレ…」
「大丈夫?」
「よゆー…つか、慣れてきた? うん、毎日やってりゃけっこーへーき」
 うわぁ…シンゴ、完全に疲れ切ってるよ。
「シンゴ、ご飯ちゃんと食べてる?」
「あー最近、食が進まねぇ。なんでわかったの?」
「疲れてるとご飯食べらンないでしょ? ていっても、プロテインだけじゃ体壊すよ。ご飯に味噌汁ぶっかけてでも食べること。いー?」
「おう…。りょーかい」
 大丈夫かなぁ…。がんばれ…シンゴ。




 そんな日が続いた、ある夜の事だった。
「望。電話」
 次の瞬間兄貴が言った言葉で、空気が硬直した。
「…ケーサツから」
 しばらく話して姉貴がリビングに戻ってきた。桜は高校入試直前で毎日塾通いだから、今日もまだ帰ってきてない。
「二年前のやつ?」
 訊くと、姉貴は複雑そうな顔で電話の子機を戻した。

「…真月、自首したって」

「前に言ってた、自殺未遂した子?」
 姉貴は黙って頷いた。
 姉貴は兄貴にだけはずっと前にすべて話したって言ってた。兄貴が苦い顔でつぶやく。
「なんだって今更…」
「…わからない。明日、学校終わったら警察来てくれって。光、悪い。放課後すぐ行くから、部活頼む」
「う、うん。それは、だいじょぶ。だけど、なんで姉貴が呼ばれたの?」
「当時の話をもう一回聞きたいらしい。ついでに真月がなんで自首してきたかも聞かせてくれるってさ。当人が色々喋ったらしい」
 兄貴が出かける準備をしながら言った。
「ま、自首してきたってことは向こうもそれなりに心境の変化があったンだろ。望が変わったみたいに、向こうも変わったンだろうよ。…桜迎えに行ってくる」
 言い残してさっさと家を出て行ってしまった。受験まではずっと塾が終わるの遅いから、兄貴は大変だ。しばらくして、リビングの椅子に座ったまま、姉貴がつぶやいた。
「…真月は…許してくれないと思ってた。私の事。いや、自首したって許したわけじゃないのかも」
「姉貴は? その人、許せるの?」
「…私が許せないのは…『私』だけだよ」
 ………。
「………姉貴は…悪くない…」
 私はその時、それ以上何も言ってあげられなかった。
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