二年前(十二月〜三月)
□一月〜3〜
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〜りとぅん ばい 和己〜
休み明けは地獄。その言葉は本当にそのまんまだった。
来る日も来る日も走り続け、授業中は朝から放課後まで寝っぱなし。
フラフラになった体に鞭打って部の練習が終わった後もバットを振る。
それは別に俺だけ特別にやってることじゃなくて、レギュラーか、レギュラーになりたいと思ってるような奴はみんなやってることだった。
本気で甲子園行くンなら、当たり前だ。
「遅くなって悪い、望。送ってく」
光が病院なのすっかり忘れてつい自主練が長引いてしまった。部室のカギを閉めた望にそう言うと、望は珍しく笑って言った。
「…悪いな。疲れてンだろーに」
なんだ? なんか今、違和感が。
「ちょっと送ってくくらい平気だって」
「………ありがと」
この感じ…気のせいじゃねーな。こいつ、何かあった。
「なぁ、ちょっと訊いていいか?」
「ちょっとだけだよ〜」
おい…。なんか今日は本格的に調子崩してンな。
「望、この前部活休んだ次の日にチラッと言ってたろ?」
「あの日の事ならもう全部話したぞ? ケーサツ行って、あの子が自首したイキサツ聴いてきたって…。和に言った後、シンゴにも一応軽く話したし…」
そりゃ確かに聞いたけど。
「ホントにそンだけ?」
「んー…。そンだけだよ。ただ…さ。ちょっとあれから考えてンだよな」
少しずつ、望は微笑んだまま淡々と話し始めた。
「和己、前に幸せになンの、悪いことでも怖いことでもないって言ったよな?」
「ああ。言ったよ?」
「兄貴にも同じこと言われた。今、私が幸せにしててそれで何が悪いって。私もそう思う。いや、私がそう思って前向いてないとダメなんだって、言い聞かせてる。情けないと思うなら、それをなんとかしなきゃダメなんだって。…わかってるけど」
「………」
「真月が自首した理由が私を刺したことだってンなら、真月の手首を切ったのは間違いなく私だ」
「ンな極端に考えンな。どっちも何もしてねーだろ。ただ…ちょっとしたすれ違いがあっただけだ」
「でもあいつは自首したンだ。…私だけ…何もせずに被害者みたいな顔して呑気にこんなトコで女子高生やってる…。そんなことばっか考えてると、前向きに頑張ること自体、間違いに間違いを重ねているような…そんな気がする」
望の顔から余裕が消えていた。
最近練習がきつすぎて望をよく見ていなかった俺のせいかもしれない。が。
追いつめられてる。
それももう自分一人では思考の軌道を修正できないほど崖っぷちまで追いつめられてる。こんな状態になるまで一切気付かなかった俺はどうかしてたのか? いや…というより、そんな状態でよく望が俺にここまで素直に話したな。望、もともとこーゆーことは相手が俺でも絶対自分からは話さねーだろ。
…頑張って、話してくれた…のかもな。
軽く息をついて、何を言ってやればいいか考える。
「望」
「…何」
「もっかい言うぞ?」
「………」
「俺は望が好きだ」
「……ッ」
「今、嬉しいと思うよりズキっときてたら、それが今のお前のダメなトコ。望が自分を好きでない証拠な。わかるか?」
しばらく黙って望の顔を見る。苦しんでンのは、顔を見れば痛いほどわかる。苦しいって、さっきの言葉は間違いなくこいつの本音だ。
俯いたままゆっくりと、望が頷く。
俺は続けた。
「なぁ…もうちょいでいーから、望も自分の事好きになってやれ。今の望にとって、それがどんだけ難しいことかはなんとなくわかる。けどな、望が好きなってやらねーとどうしようもねーぞ? んで、その後で何から始めればいいか、考えろ。とりあえず何からしたいか、何でもいーから言ってみ」
望の頭なら、この言い方でも自分に何が足りなかったかはわかってくれると思う。あとは、自分を許してしまうことへの恐怖心に勝てるかどうか。
「和己」
「…ん」
「自分の事好きになンの…ッ。ど…したらいーかは、わからない…けど。私…もっかい…謝りたい…ッ。勝手なのも虫がいーのもわかってっけど…ッ。わがまま…言っていーなら…ッ。あいつに会って…今までの事全部…もっかい謝りたい…ッ。許してもらえなくてもいーから…ッ。謝りたい…ッ」
…そーだな。望の場合、まずそこから…だな。
「いーんじゃないか? それで」
「いいのかな…? 謝っても…」
「良かったじゃん。望もその子もちゃんと生きてて。仲直りできるチャンスがまだあるってことだろ?」
「………ッ」
望は何も言わなかった。壊れそうな顔で泣きながら、ぐっと頷く。
きっとまた、明日はいつもの毅然とした彼女が見られる。
だからせめてあとは…謝りに行ったあとが、上手くいくよう祈るしかなかった。