二年前(十二月〜三月)

□一月〜3〜
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〜りとぅん ばい 和己〜



 一月の下旬から、ようやく野球部らしい練習が少しずつメニューに加えられるようになってきた。といっても相変わらず大半は基礎練習だが。
「今年の一年は全員耐えきったか…」
 と、つぶやいたコーチの顔が少し残念そうに見えたのは…気のせいだろう。
 いや、気のせいだと思いたい…。
「ラスト一球ッ」
 気持ちのいい音を立ててミットが鳴る。
 この二年の投手も…たいていの学校でエースになれる投手なのだろうが、ユキさんとは正直比べ物にならない。一応、控え投手でベンチ入りしている投手の球は一通り捕って、投手一人ひとりのデータは頭の中に入っているが、控えと組んだ後にユキさんと組むと、違いがはっきりとわかる。
「ナイボッ」
 夏に比べて球速も随分上がったし、変化球のキレも誰より伸びた。元々うちにいる投手の中で一番強かったからエースだったにもかかわらず、この人は他の誰より伸びる速度が速い。
 俺も置いてかれないようにしないと。
「和己」
 フォームの相談を少しして、防具を外す。
 久しぶりのシートバッティングは、俺が最初の打者だった。
 投げるのはユキさんだけど、捕るのは控え捕手。シンゴだけでなく、俺もユキさんの球はまだ打てたことがない。けど…。
 自信はあった。秋に望に手伝ってもらってバッティングの強化メニューを作って自主練ずっとやってきたし、最近、伸びた手ごたえもある。あとは…。
 打席に立つ前に守備を確認する。
 真っ先に目に入るセカンド。あー…シンゴ気合入ってンなぁ。
 あと、ファーストは主将。この人も守備職人なんだよなぁ。一二塁間はダメ…と。
 左に打とう。
 俺はシンゴほど器用じゃないが、左右どちらに打つかくらいは思い通りに狙える。
 控え捕手の先輩には悪いけど、この人と組んでるなら全力投球と一番キレるスクリューは投げられないはず。それなら捕まえられる。





「和、すげ〜。ナイバッチ〜ッ」
 練習後、嬉しそーに言ってくれるのは山ちゃん。
「和己…お前、何してくれンねん…」
 恨めしそうに言うユキさんの肩を主将が苦笑してポンポン叩く。秋以来、主将とユキさんは妙に仲が良い。まぁ、ユキさんからしてみれば実力出せない状態で俺に打たれたわけだから、そりゃ恨めしいだろう。でも、打ったから今日は俺の勝ちだ。
「今日の打球、綺麗に伸びてたな。見てて気持ち良かったよ。夏に比べてかなり長打力ついてきたンじゃないか?」
 珍しく笑顔で褒めてくれた望にも礼を言って、シンゴと少し話す。
「…おめでと。打てたじゃん」
 シンゴ?
「おう…」
「…しかもすっげー伸びたな。打球。自主練の成果でてンじゃん」
 まぁ…そりゃいいとして。
「…どした? 急に…」
「急にっつーか…俺はまだ打ててねーから」
 ああ。そーゆーことか。
「そりゃ、俺が打たせねーよーに頑張ってっからな」
 いつものように笑いとばしながら言ってやると、複雑そうな顔が返ってきた。
「和己。お前最近ホントすげー伸びたよな。一年の中じゃ一番長打力あるし、捕手としても、どんどん伸びてンじゃん」
「捕手として俺が伸びてンのはユキさんのおかげだよ。あの人がすげー勢いで伸びてくから、俺も置いてかれないよーに頑張るってだけで…」
「俺もそーだよ。ユキさんが伸びてくから、ユキさんの球打つためにもっともっとって…。あー…俺、何の話してンだろ。わり。忘れて」
 言うが早いか背中を向けたシンゴに、俺は何故か言ってしまっていた。

「何焦ってンだ?」

 ピタ…。と、シンゴが止まる。その背中に、俺は続けた。
「言っとくけどシンゴ。俺はお前だから打たせねーよーにしてるわけじゃねーぞ?」
「…ンなこと…わかってる。お前はユキさんの捕手だから、打たせねーよーにすンのが仕事だろ? 心配しなくても、俺だってお前にだけ勝ちてーわけじゃねーよ」
 口に出して言ったのは初めてだったかもしれない。四月に知り合ってから今まで、シンゴとは親友だったけど、ライバルでもあった。
 去年の夏、レギュラー争いに負けてから、俺は確かにシンゴを意識していたし、シンゴもそのことには気づいていた。気づいていて、それでも俺の親友でいてくれた。
「シンゴは…ユキさんに勝ちたいンだろ?」
「それもあっけど。もーユキさんだけじゃすまねーだろ?」
 シンゴの言う通りだった。今のところ一年で正レギュラーなのは俺とシンゴだけだったが、去年の秋大の時点でマサヤンがベンチに入ってきてる。
「他の連中も…か?」
 シンゴは俺の方に戻ってきてから、小声で言った。
「一年でベンチ入ってンのはマサヤンだけど、正直俺は今の時点では山ちゃんのが上だと思う」
「…山ちゃん、冬あたりから急激に伸びてるからな」
 去年の時点では、候補に名前すら挙がっていなかったはずだ。他にも、何人か一年で名前が挙がってきている連中の名前がシンゴの口から出る。
「まぁ…そんなもンかな。もーちょいして春になったら一年入ってくンだろ? そしたらまた新チームだからな。新チームでレギュラーとれるかどうかがまずかかってくンだろ? んで、夏。春大でレギュラー入ってない奴が夏入ンのは厳しいぜ。一年は例外だけど」
 確かに。桐青の場合、一年は元々一人だけ枠があるから春大に出ていなくてもチャンスはある。そもそも春大で一年がベンチ入りすることは少ない。例外としてベンチ入りできる一年は、俺がそうだったように、ほとんどが中学から桐青だったやつばかりだ。中学での実績がそのまま高校に持ち上がるから、起用されやすい。
 だが、俺たちももうすぐ二年だ。
 二年になれば、レギュラーになれる可能性も増えて、少ないレギュラー枠の取り合いが熾烈になってくる。他の二年が伸びてくれば、俺もシンゴも、いつレギュラーから降ろされたって不思議はない。
「なぁ、和己」
「ん?」
「俺が今まで伸びたのって、そりゃ光とか望とかユキさんとか、いろんな人のおかげだけど…やっぱ、お前に負けたくなかったからだと思う」
「はあ?」
 思わず変な顔で言ってしまってから、真顔のシンゴを見てとっさに真顔に戻って俺は言った。
「お前ずっと俺より首脳陣の評価高かったじゃねーか。秋大だってお前が六番で俺が八番だろ?」
「俺は秋大の打順は夏大が評価されたんだと思ってる。俺、夏にでかいの打って点いれたから。で、秋大の結果がアレ。大会通して最終的な結果は俺も和己も成績ほぼ変わらねーだろ?」
「……」
 シンゴが真顔で言う。
「春にひっくり返されたくねーんだよ。お前にも、他の奴にも」
 俺も真顔で言う。
「そう…だな。俺も同じこと思ってた」
 春にはひっくり返してやるって…シンゴ抜いてやるって思ってた…。
「…だよな」
 お互いそのまま真顔で睨みあって、しばらくしてからシンゴが軽く言い放った。
「んじゃ、これからも頼むぜ。和己」
「おうッ。…シンゴもな」
 ニカッと笑って言ってやる。
 パンっと片手同士で力いっぱいハイタッチして無言で別れた。
 これからも、ライバルで、親友でいられるように。
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