FAN FICTION

□『僕は知っている』
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陰陽雑記云、器物百年を経て、化して精霊を得て、よく人の心を誑かす、これを付喪神と号といへり、

『付喪神絵巻』より



ふー、一息ついてから両手をあげて背伸びの運動。ごりごりと音を立てる己の肩関節に苦笑いをし、続いて首をぐーんと前後左右に動かしついでに周囲を見回す。
カバンから出したままの着替えと洗面道具にテーブルの上のお土産色々。いつもいつも行きより帰りの方が荷物が多くなってしまうのはどうしてなんだろう。
こりゃ全部片づけるの時間かかるな。最近は急ぎの仕事もないしゆっくりと片づければいいか。

すべてをあきらめた僕の耳にドアをノックする音が聞こえた。
君だね、そろそろ来る頃だと思っていたよ、
ドアを開けて中に迎え入れる。
「いらっしゃい、エイドリアン・シーデルマン」


『僕は知っている』


「あー、すまない。お取り込み中だったかい?」
 お客様の視線の先、つまり僕の事務所兼自宅は解かれたばかりの荷物が散乱していた。
「大丈夫さ、どうせ今日中には片づかない」
 来客用のコーヒーカップに玉露をそそぎながらぼやいた。確かにお客様にお見せする物じゃないよね。
 僕は苦笑する。その顔を彼女に見られないように、こっそりと。
「久しぶりに日本に帰ったんだろ?どうだった?」
「正月だから人ばっかりでうんざりしたよ、それでもイキコは楽しんでいたけどね」
イキコは?と更に訪ねたエイドリアンにコーヒーカップを手渡し、ウインクしてみせる。
「ジュリアンにお土産渡すんだって出かけていったよ」
「そう」
僕たち二人の間に暖かい空気が流れた。

「ああ、そうそう、これ君に頼まれていた本、ちゃんと持ってきたよ」
 穏やかな雰囲気の余韻を味わいながら僕はテーブルの上から一冊の本を取りだし彼女に渡した。
「枕草子なんてずいぶん珍しい物を欲しがったね」
「ありがとう、僕の授業で使いたかったんだ」
「そういえば君は文学教師だったね」
 ふんわりと笑った彼女の視線があらぬ所に止まる。その視線の先には一冊の巻物があった。
「これは君の本を買ったとき店の親父さんがおまけに付けてくれたんだ」
ちょっとマイナーだけど日本の絵巻物、本物じゃないけどね。
「これ、モンスター?」描かれている異形のモノ達を指さし彼女は聞いた。
ちょっと違うな、彼らは神様なんだ。
「神様?」
そう、彼らの名前は付喪神、元々は人間に作られた道具達さ。
長く大切に使われた道具達は心を持って神様になる。
だけど、粗末に扱われ神様になれなかった道具達は人間を恨み悪さをするようになった。
だけど最後は偉い坊さんに出会い改心するっていう話なんだ。

 僕の話を聞き終わったエイドリアンは合点のいかない顔をしている。
「人に作られた物が心を持つの?そして神様になるの?」
 いっぱいの疑問符を貼り付けたような顔をして彼女は問いかけた。

 誰かに愛され大事にされた物はいつか心を持つ。
そういう考えって僕の国じゃそんなに不思議な事じゃないんだ。
「僕の国には八百万の神がいるからね」
「そう、素敵なお話ね」と微笑んだ。その笑顔に少し寂しさを滲んでいるのは気が付かないことにしておく。


「それなら一緒に僕の国に来るかい?」
 あ、しまった。これじゃあプロポーズをしているみたいじゃないか。
彼女もそれに気が付いたのだろう。少し驚いた顔をし、それからゆっくりと首を横に振った。
「ありがとう、あなたの国は魅力的だわ。でもわたしはこのメリディアナの街が好きなの」

「……知っているよ、サイバーシックス」
そう僕は知っている。
彼女が一番大好きな人のこと、
その人が住んでいるメリディアナがどれだけ大事だってこと、
ちゃんと知っている。

だから


目の前で微笑むこの人がこれからもずっと笑顔でいてくれるよう
僕はずっと祈っている。



END   屋根裏より再録・にげる

出典 岐阜市歴史博物館
平成二年企画展「鬼神とまじない」より




 

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