FAN FICTION

□『晴れた日に想う』
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ガラス製の母胎の中で胎児の私はぐるりと動く。 

包む羊水は緑色

大勢の兄弟と一緒に微睡みながら

外の世界を夢見ていた

『晴れた日に想う』

 授業の終わりを告げるチャイムの後、解放された生徒達が安堵の声をあげ教室がざわめく。
それはどの学校でも、どの教科の授業でも変わらない光景だろう。
 彼ら学生は学生である前に好奇心旺盛な子供である以上この素直な反応も当然だろうと判ってはいても、そんなあからさまな反応を毎日毎時間繰り返されるとやはり面白い訳が無く。
 自分の授業はつまらないだろうかと文学教師であるエイドリアン・シーデルマンは教本を抱えこっそりと肩とため息を落とし教室を出る。

 学校を包むざわめきの中でひときわ高く楽しそうなロリの声が聞こえた。
 年頃の少女独特の華やかな声。あれはなんと言われていたのだろう?

 そうそう“黄色い声”。声にも色がついているなんて小さな頃の自分は知らなかった。


幼い自分を包むのは緑色の世界。


 先刻終わったのは三時限目、この後四時限目に自分が担当する授業は無い。
 職員室のデスクで授業の資料作りでもしようかと思ったが、気分転換も必要だ。たまには別の場所で仕事をするのもよいだろう。
どこにいるのかいつ戻るのかと自分のデスクにメモを残して、念のため近くにいた保険医にも一言入れてここへ来た。

人のいない屋上へ。


 ピクニックだったら楽しかったかもしれないわね、そうぼやくが今は勤務時間中。
手に抱えているのはサンドイッチやオレンジジュースではなく、数冊の文学書とノート。
それでもルーカスに見つかったらサボリかと言われそうだ。

そう、風も無く暖かく今日はいい天気。

 適当な場所に腰をかけ、日の光を浴びながら資料を作るためのノートをとる。
左手で文学書をめくり、右手にペンを走らせる。
気分は上々、ノートをとる手は軽やか。調子も出てきたが何か物足りない。

「これ邪魔かしら」


 ふと思いつき眼鏡に手をかける。元々CYBER SIXは眼鏡を必要としない
 兵器用バイオロイドとして創られた彼女は体力腕力筋力、力と名のつく能力はすべて常人のそれを遥かに超えている。もちろん視力も例外ではないのだが、メリディアナ高校勤務文学担当男性教諭が実は女性でありかつ人間でないことが知られることは人間としての生活の終わりを意味する。
そのため昼間の生活は恐ろしく神経を使う。
 自分が人間“エイドリアン・シーデルマン”であるため自身の鎧でもある眼鏡を日中はずすことはあってはならないとサイバーシックスは堅く信じ、実行している。
 だが、このメリディアナ高校は小高い山の上、そして今いるのはその屋上で一人きり。誰かに見られることはないだろう。

 少し躊躇して眼鏡をはずして体の脇に置き、周りをぐるりを見渡す。

 日の当たる世界、直で見たのは何年ぶりだろうか。
昼間のメリディアナの町は夜見るよりも色と活気に溢れている。今まで全然知らなかった訳ではない。

 空と雲と海と船と人家とアパートと商店とビルと教会と木と森と公園と人間とありとあらゆるすべての物に
 数え切れないたくさんの色にあふれたこの世界が愛しいと、改めて想う。
 サイバーシックスは一人笑い、エイドリアンの仕事に没頭した。

 それからしばらくして目処も付き、手元の時計を見ればそろそろ四時限目が終わる時間。

「そろそろ戻らなくちゃ」

 そのままの目でもう一度空を見上げ、外していた眼鏡をかける。そして昼休みと次の授業のために職員室
に戻った。



緑色の羊水の中で微睡みながら、外の世界を夢見ていた。

見上げた空は唯青かった。



END にげる




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