長編連載

□誰より近くで
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 高尾は目当ての商品を見付けたらしく、オレンジ色の箱を小脇に抱えて俺の隣で一緒になってショーケースを見上げている。行動の速い奴だ。オレなど、さきほどからショーケースと睨み合ったまま、一向にどれにするか決まらないというのに。
 同じブランドの同じ商品でも、カラーリングが沢山ある。モノクロの落ち着いたものから、原色の目が痛いものまで様々だ。しかもオレが迷っているのはカラーリングの問題ではなく、商品自体。選択肢が困るほどあって、眉間に皺を寄せながら、オレもショーケースを眺める。高尾に聞いてみれば、前と同じブランドの黒とオレンジのものを選んだそうだ。なるほどこいつらしい。悩んでいると、横の高尾が、指を差しながら声を上げた。

「あれは? 真ちゃんが今使ってるのと同じで、緑と黒のやつ」

 176センチある高尾でも少し見上げなければならないほど高い位置に置いてあるそれは、なるほど確かに良いかもしれない。同じものの方が馴染みがあるし、足も馴れるのが早いだろう。しかしこれから世話になるバッシュだ。選ぶのにも人事を尽くしたい。

「すまないな高尾……時間がかかってしまいそうだ」
「いや、いーよ。その分真ちゃんと長くいれんじゃん」

 何でもないようにしれっと言ってのけるから、気を遣ったのに溜め息が出てしまう。まあ、軽々しくこういうことを言う高尾に呆れを感じないと言えば嘘になるので、この溜め息もあながち仕方の無いものだ。そんな溜め息を「幸せ逃げんぞー真ちゃん」などと揶揄してくるから、黒髪が真ん中で綺麗に分かれた頭を小突いてやった。
 さて、再びショーケースと睨み合いを始めたわけだが、どうにも高尾が指差したものが気になる。他のものを見ようと目を逸らしても、何故だかそれが気になってしまうのだ。

「…………」

 手にとってみた。
 やはり今使っているものと同じなので、妙な安心感がある。試しに履いて少し歩いてみると、新品だからか少し布が固かったが、固定されている安定感がなんだか心地いい。

「やっぱいい感じ?」
「ああ…」

 何がそんなに楽しいのかよく解らないが、高尾の声が明るく聞こえる。近くで響いたそれが耳に転がり込んで、鼓膜を震わせるのが嬉しい。
 いつからだろう。こいつのそばにいることを、嬉しいと感じるようになっている自分に気が付いたのは、つい最近だ。
 黄瀬と高尾は似た人種だし、うるさいところも、その明るい笑顔も、どことなく似ている。だがあいつといても(楽しくなかったわけではないが…)、オレはこういった胸が空く思いを味わったことがない。赤司や紫原、黒子や青峰、怜なども同様だ。
 いや……『胸が空く』という表現は、あまり適切でないかもしれない。時々だが、高尾と一緒にいると、締め付けられるような感覚に教われるのだ。突然奥底からわだかまりが顔を出したような、言い様のない苦しさ。心臓を掴まれてそっと力を入れられたような、そんな感覚だ。味わったことのなかった感情を不思議に思い赤司に相談してみたら、「それは桃弥に聞くのが得策だろう」と返された。大人しく桃弥に聞いてみたら、「かっわ………うん、そっかそっか。真太郎もお年頃だもんな。そんなこともあるよな。大丈夫、病気とかじゃないから安心しろよ。とりあえずお前んちに今日赤飯送るわ」と鼻血と共に返された。意味が解らないのだよ。

「これにする」
「決まりっ! じゃあ、ついでにテーピングとか買ってこうぜ。そろそろ買い置きがあった方がいいって、監督たちも言ってたし」
「ああ……しかしそれだったら、オレが選んでいる間に見付けてくれば良かっただろう」

 そうオレが指摘すると、高尾が頭を掻いてから眉尻を少し下げて笑った。

「だからオレは真ちゃんといたいんだって!」

 せっかくのデートなんだからさ♪
 付け足された高尾の言葉を聞くと、あの感覚がやって来た。心なしか動悸までしている。こうにまでなってくると、病気ではないと言った桃弥を疑いたくなってくるものだ。ああ、何故だか頬まで熱くなってきた。

「? 真ちゃん?」
「な、なんでもない、のだよ」
「そう? 具合悪いんだったら言えよな、家連れて帰って、看病してやっから」
「そんなのではない…」

 自分でもよく解らない。だが一度意識してしまったら、締め付けてくるこの感覚は、強くなる一方だ。
 ぐるぐるする頭を整理しようと俯いていると、ひやりとした感触が額にふれた。高尾の手がオレの額を覆っている。それは別にいいのだが、身長差のせいだろうか。距離が近い。胸の締め付けが一層強くなる。

「熱はねーみたいだしな……無理すんなよ?」
「きっ、気がすんだらさっさと離れるのだよ!」

 高尾の肩を掴んで、自分の体から引き離す。一瞬驚いたように目を見開いたが、それもつかの間。すぐに人をバカにするような笑顔を貼り付けて、人差し指で軽くオレの唇にふれてきた。

「照れんなって」

 何をされたのか解らずにフリーズするまで2秒。何をされたのか理解するまで6秒。高尾が真っ赤になったオレを笑って見詰めるまで9秒。オレが高尾を殴るまで11秒。
 
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