短編夢:長編番外

□クリスマス
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 * * *

 恋人の笠松さんとは毎日のように会っているけれど、久々に海常や秀徳のみんなに会えると思ってテンションが上がり、予定より20分も早く桃弥っちのマンションに着いてしまった。ドアに飾られたリースにはペールピンクのリボンと白いフェイクパールが飾られていて、無彩色や彩度の薄い色を好む彼らしいと思った。事前連絡で勝手に入っていいと言われていたので、扉を開いて靴を脱ぎ、奥のリビングに向かう。相変わらずこざっぱりしたインテリアの部屋だ。白いカーテンとクリーム色の壁紙。黒が基調の家具が浮かび上がるように置いてある。少し大振りなクリスマスツリーの白とパステルカラーの飾り付けが目新しい。テーブルに並んだケーキやオードブルなどの料理の数々も、殺風景な部屋に彩りを添えている。今日はクリスマスイブ前の23日。オレたちリア充は当日に2人きりで過ごしたいだろうとの腐男子sの気遣いだ。変なところばかり気が回る人だなーと思っていると、何かが落ちているのが目についた。布だ。

 いやパンツだ。

 黒の地に暗い青のラインが入ったトランクスだ。ちょっとオレには意味が解らない。
 なんでこんな一見オシャレな部屋に、男物のパンツが落ちているのだろう。ちょっとオレには意味が解らない。
 確か桃弥っちはボクサー派だったはずだ。ちょっとオレには意味が解らない。
 ついでに言うならこれは、以前笠松センパイが穿いていたパンツ。

「ちょっとオレには意味が解らないっスね…」

 脱ぎ捨てられたパンツ片手に、オレは小さく呟いた。なんだかとても虚しく響いている気がする。想像しただけでも虚しくなるようなこの絵面のせいだろうか。
 だがオレはこの直後……いや、実際は思考がフリーズした時間があったから、直後ではないが……この疑惑盛り沢山なパンツの意味を理解することになる。

 ガチャッ。

「あれ、涼太来てたのか。はえーじゃ」

 バタン。

 リビングの隣にある桃弥っちの私室の扉が、怜っちによって開かれた。オレに気付いて声をあげた彼の手首を掴み、半ば無理矢理再び扉を閉めたもうひとつの手。一瞬すぎてよく見えなかったが、白い折り返しのついた赤い袖の服を着ていたように思う。サンタ服かもしれないけれど、何しろ一瞬の出来事すぎた。

「およ、涼太はえーなお前! まだ15分くらい前だぞ?」

 背後の玄関に続く扉から、幾分前より髪の短くなった桃弥っちが出てきた。手にはビニール袋。中身はどうやらつまみのようだ。

「ひさしぶり、桃弥っち。お邪魔してるっス」
「おおひさしぶり。こないだ出てた雑誌買ったぞー」
「ああ、どうもっス。……あれ? オレが入ってきたとき、ちゃんと靴2人分あったのに…桃弥っちじゃなかったんスか」
「んぉ? ああ、怜と笠松さんだよ。笠松さんには衣装用意したから、ちょっと早く来てもらってたんだ」

 真太郎にも早く来いっつったのにさー。電話切られたんだぜ酷くねえ!?
 そんな桃弥っちの声をBGMに、オレは彼のさっきの台詞を頭の中で復唱、理解しようとしていた。
 『怜と笠松さんだよ』? じゃあ、あのサンタ服に見えた服を着てたのは、もしかして笠松さん?

「つまみの買い出し行ってる間に、怜に着せるだけ着せといてもらったんだよ、笠松さんに衣装。あとは俺がメイクすれば出来上がりなんだが……」

 そう言ってチラリともう1つのドアに視線をやる。つられて俺もそちらに顔を向けた。あの手に閉められてから頑なに開こうとしない扉は、やがて沈黙に耐えられなくなったように静かに動く。中から出てきた天使を見て、オレは思わず間抜けに口を開けた。

「……………なんだよ」
「クリスマスの奇跡っスね」
「いや意味が解らん」
「クリスマスの奇跡っスね」
「落ち着け涼太。ただいま2人共」
「おかえり桃弥。さっさと笠松さんのメイク済ませてやってくれ」
「クリスマスの奇跡っスね」
「ほーい。だから落ち着け涼太」

 スカート丈の短いワンピースタイプのサンタ服を着こみ、黒いニーハイを履いて、頭に小さなサンタ帽を乗っけた笠松さんは、天使としか言いようがなかった。天使が舞い降りてくるとかまじキセキ。まだメイクをしていないせいもあるが、決して女装が様になっているわけではない。しかしバスケで鍛えられた脚を包むニーハイと、短いスカートの前と後ろを頑張って引っ張っている姿がなんとなくエロい。
 オレのやましい気持ちを察したのか、笠松センパイは怜っちの後ろに隠れた。

「つか黄瀬テメェそれ!」
「え? これっスか?」

 怜っちの後ろに隠れたまま、笠松さんがオレの左手を指差した。あー、俺も気になってた。とばかりに、腐男子sもオレの左手を見やる。言うまでもない。さっき拾ったパンツだ。

「オレのパンツだよそれ!!」
「えっ!? えっ、やだうそやっぱり!? 持って帰っていいっスか!?」
「どうしてそうなった」
「笠松さんも大変だな。涼太は忠犬じゃなくて忠駄犬だし」
「女装は己の肉体、全てを女としてこそ女装ってな。下着だけ女装しないってのは邪道だろう! っつーわけでパンツも脱がせて女物穿いてもらってます★」
「っ……!」
「おい涼太、鼻血は俺と桃弥の専売特許だからな」
「わかってるっス…」
「つかオレの服返せよ!!!!」
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