短編夢:長編番外

□クリスマス
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 * * *

 桃弥たちに指定された時間ギリギリに着くと、もうみんなすっかり来ていたようで、さすがに慌てて靴を脱ぎ捨てて真ちゃんの手を引いて、見慣れた黒いドアを開いてリビングに入る。
 とほぼ同時に、ドアの両サイドで控えていたらしい大坪さんと小堀さんが、真ちゃんの身体を2人で抱えた。小堀さんが足元から掬い上げ、大坪さんが両脇に腕を入れて、そのまま桃弥の私室へと連れていこうとする。突然の出来事に驚きはしたが、掴んだ真ちゃんの腕を放したくなくて手に力を込めた。しかし後ろからくすぐってきた森山さんと宮地さんに阻まれ、思わずその腕を放してアンクルブレイクされてしまった。後は電光石火で大坪さんと小堀さんが真ちゃんを桃弥の私室に連れ込んで、バタンと閉められたドアの向こうから、真ちゃんの断末魔が聞こえただけだった。

「………はぁ?」
「そりゃ『はぁ?』っスよねぇ…」

 状況がなかなか飲み込めず、理解した瞬間に間抜けな声を上げたオレは、上から降ってきた声の主を尻餅をつきながら仰いで言った。

「黄瀬ちゃんひさしぶり。なあ、真ちゃん拉致られたんだけど。発案者はどっち?」
「珍しく怜っちっスよ。まぁ、危ないことされてるわけでもなし」
「OK、とりあえず銀橋だけぶっ飛ばすわ」

 そう言うと、一同に笑いが沸き上がる。いや、笑いごっちゃないでしょーよ。こちとら恋人拉致られてんだけど?
 しかし改めてみんなをぐるりと一周見渡してみると、全員さほど代わり映えはしていない。髪型を変えた人はいるものの、雰囲気や面影はほとんどそのままで、なんとなく安心して息をついた。
 ただ、若干1名雰囲気が……っつーか、性別変わりました? な人が。

「悪かったなそんな目で見んな!」
「あっ、やっぱ笠松さんだった! やばっ、ミニスカニーハイじゃないっすか!!」
「黙れオレだって22にもなって女装させられるとは思ってなかった」
「まーまー、大丈夫っスよ笠松センパイ! すっげえ似合ってるっス!」
「黄瀬うるさい」
「あれっ!?」

 黄瀬ちゃんを殴るときの声や真っ赤な顔は変わらない。いくら女装してメイクで化けても、笠松さんは笠松さんなんだな。当たり前だけど。
 となると、今ドッタンバッタンしてる向こうの部屋では、腐男子sが真ちゃんを着替えさせて…女装させているんだろう。真ちゃんの怒声と桃弥と銀橋の笑い声ときどき悲鳴が聞こえる。頬を赤くして気まずそうな表情を浮かべた大坪さんと小堀さんが出てきた。面白がるようにニヤニヤと口角を上げた森山さんが2人に近寄る。

「どんなもんだ? 小堀」
「さすがにPFとSFだな……金本は力ずくで抑えにかかるし、怜は脱がすテクニックが尋常じゃない」
「別にそういうポジションではないがな……というよりおかしいだろう、あの手際…」
「おつかれ大坪、シャンパン飲むか? ノンアルコールだけど」
「おう、ありがとう宮地」

 力ずくで抑えて脱がしてオレの真ちゃんに何やってやがんだあの腐海の住人共。まあ大方想像がつくので止めには行かないが。
 なんて思いながら上着を脱いで、テーブルの周りに並んだ椅子の1つに掛けた。と、ちょっと耳を疑いたくなるような声が、扉の向こうから聞こえてきた。あのときオレはどんな表情をしていたのだろうか。黄瀬ちゃんは『怒りと興奮とその他いろいろが混ざりあった顔だ』と言っていた。

「っちょ、やめっ……も、苦しいのだよ…っ」
「大丈夫だって………ホラ、ちゃんと締まってる」
「お前ってば鬼畜だねえ怜」
「っあ、ん……もうっやめ……っ」
「テメーらそれ以上オレの真ちゃん啼かすと1人6回殺すぞ」
「回数制!?」

 部屋の中に乗り込んでいくと、桃弥が悲鳴を上げた。机に手をついてコルセットを締められている真ちゃんと、嬉々とした笑顔でコルセットを締めている銀橋が目に入ると、反射的にオレは銀橋をぶっ飛ばす作業に取りかかった。胸ぐらを掴むと、パァン、という音を立てて手を弾かれ、そこから長い脚がオレの顎目掛けて振り上げられる。それを1歩引いてかわすと、反動を利用して床を蹴って、勢いそのまま頬に埋め込んでやろうと、右拳を固く握り締めた。目の前では銀橋が手刀を構えている。スパンッ、といい音を立ててオレたちの腕を掴んだのは桃弥で、力が強い。びくともしなかった。

「……あれなんて格ゲースか?」
「みど(り)ま、大丈夫か?」
「すごいなあいつら、メチャメチャ喧嘩慣れしてんじゃん」
「素人目に見ても解るよな…」
「お前らコルセットなめんな、死ねるぞあれは」

 海常の面々が思い思いに言うと、桃弥が底冷えするような笑みを浮かべた。

「テメーら人んちのマンションで何してくれてんだ?」
「だって銀橋がオレの真ちゃん啼かせたから」
「だって高尾が急に殴りかかってきたから」
「うんうんそーかそーか。でもな、ここはオレんちで、上にも下にも横にも住んでる人いるからさ。いいから黙って手ぇ引っ込めろや」

 そう言って手を放してくれた桃弥は、放置状態になってしまった真ちゃんのコルセットを再び締め上げ始めた。真っ赤な顔で圧迫感に堪える真ちゃんは、とんでもなくエロい。思わず前屈みになりそうになったところを、木村さんに殴られた。
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