長編連載

□久し振りだな
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 * * *

「しーんちゃんっ、明日デートしよーぜ」
「死ね」
「辛辣ッ!」
「…………」
「桃弥、鼻血出てるぞ」
「すんません主将」

 もう慣れたとばかりに無表情で俺の横を通過しながら、大坪さんが言った。言葉通りに垂れてきたぬるりとした赤いものをティッシュで拭う。手元の記録表に垂れなかったのが、せめてもの幸いだろう。
 で、今あそこの天使たちは何て言った? 特に真ん中分け。俺にはデートという言葉が聞こえてきた気がしたんだが気のせいか? ん? お?
 デート! それは『愛』といる柔らかなリボンによって結ばれているカップルたちのための休日の過ごし方! 2人でのんびりと1日を過ごすも良し。どこかに遊びに出かけるも良し。翌日の朝方まで褥を共にするも良し。とにかく2人っきりならなんでもいいんだよ!

「それがデートというもの!」
「金本、ちゃんと記録とれたのか?」
「鼻血からは死守しました監督!」

 振り返ってぴしっと敬礼すると、監督は呆れたような視線を投げかけてから、俺の方へ歩み寄ってきた。変なポーズで語っていたところをスルーされたのは、ありがたいような寂しいような。

「どうだ?」
「スタミナ面で言えば、やっぱカズが最近記録上げてきてますね。チャリアカこいでる効果なのかは解りませんが…」
「んー、まぁやっぱり1年コンビは頑張ってるかぁ…」
「誠凛に負けてから、何か吹っ切れたみたいですよ、カズも真太郎も」
「ん、わかった……じゃ、これ預かるからな」

 俺の手元からひょいっと記録表をとっていった監督に、少し驚いて間抜けな声が出る。練習中のロードワークやシュート率の記録を元に、定期的に練習メニューを組み立てるのは俺の仕事だ。勿論最終決定権があるのは監督だが、立案するのは今まで任されてきたのに。急にそんな。

「……やっぱ、俺じゃ力不足ですかね」
「ん? ああ、いやいや。たまにはお前も、学生らしく休みを楽しんでもいいと思ってな。せっかくのオフなんだ、しっかり休むかしっかり遊べ」

 お前、最近働きすぎだ。
 そう言って監督は俺の頭をくしゃりとかき混ぜる。大きな掌が温かかった。
 戸締まりを言い付けて背を向けた監督に頭を下げて、俺は笑った。監督のああいう心遣いが嬉しくて、それに何より……

「いーじゃん真ちゃん! デートしようよデート!」
「何故オレがお前とデートしなければいけないのだよ」
「オレが真ちゃんとデートしたいからなのだよ」
「真似をするな」

 あそこで抱き付いたり顔赤くしたりしてるカップルたちの尾行をすることができる! ひゃっはー!!

「桃弥顔がうるさい、轢くぞ」
「さーせんっしたぁ!」

 スライディング土下座を決めれば、眉間にシワを寄せた宮地さんが舌打ちをひとつ打った。土下座したままの俺の金髪を掴むと、ぐいと引き上げて向き合わされる。あれ、これ何プレイ?
 そんな俺の胸中など知る由もなく、宮地さんは空いている方の手の親指を立て、背後の天使たちを指し示した。

「あいつらのデートだろ?」
「見に行くしかないっしょー、高緑初デートですぜ?」

 そのままの体勢でニヤリンと笑えば、宮地さんは大きな溜め息をついて、後ろのバカップルを振り返る。相変わらずじゃれあっている2人からは幸せオーラが飛んでいた。しかしあいつらまだ付き合ってはいない。嘘だろう。

「どっちから告ると思う?」
「そりゃーカズでしょうな〜。個人的には真太郎が不意打ちで告って、カズが顔真っ赤にして狼狽える……とかも推したいですけど」
「まあ、まずねーだろうな」
「二次創作と現実のギャップって残酷ですよね〜」

 俺がへらっと笑って見せれば、宮地さんは何か感にさわったのか、何の前触れもなくパッと俺の髪を放す。突然の出来事に姿勢を維持できず、ゴッ、なんて鈍い音を立てて俺の頭が床とお見合いした。じんじんと痛む頭に触れてみれば、ゆるやかな丘が額にできあがっている。

「いっ、て〜……ッ」
「はっ! ま、尾行するんだったら、どうなったか報告しろよ」
「ってて…へーい、わっかりましたぁ」

 まだ痛む額に手を当て、部室に湿布か何かないか探しにいく。背後でキャッキャウフフとデートの計画を立てる天使たちの会話に耳をそばだてることは忘れずに、だ。

「じゃー真ちゃん、土曜日の10時、真ちゃん家に迎えに行くからなっ」
「待て、オレはまだ行くなどと言っていないのだよ」
「きまりっ♪ 楽しみにしてっかんな、真ちゃん」

 土曜の10時に真太郎ん家な……了解。金本桃弥、尾行任務の決行を決定いたします!
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