長編連載

□誰より近くで
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「……爆弾投下ありがとうございます」
『あかん、もうあいつらあかん。はよ付き合えはよ! Let's go to the hotel!』
「落ち着けバレる」

 高緑が相変わらず高緑している通路の両脇、2人からは死角の場所で、俺たち腐男子は身悶えするのを必死で押さえて奴らを観察していた。
 なんだあれ。かわいすぎるだろ。なんだあれ。
 高尾がちょいちょい放り投げてくる台詞の爆弾まではいい。けど最後のあれはあかん! 『ふに、』って! 『ふに、』っていってた真太郎の唇! 女子か! なにその後の反応! 殴っちゃうとか照れ隠しぺろぺろ! やっべぇ高緑かわいい超かわいい!!

『反則だよ…あれは反則だよあかんよ……』

 イヤホンを介した桃弥の声が鼓膜を震わせる。息が荒いせいだろうか、吐息の音が混ざっていて聞こえにくい。気持ちは大いに解る。あんなかわいい生き物たちを間近で見てるんだ、テンションが上がらない方がおかしい。よって俺らはおかしくない。まぁ人様の尾行してる時点でおかしいもおかしくないもないけどな。

「あ、そういや森山さんたち見ねえな」
『俺の背後7メートル。まだこっちには気付いてなさそーだ』
「なら良かった。このまま気付かれなきゃいいんだけどな」
『でも俺たちが尾行してることを、あの人たちは知ってるわけだから。まぁなんだ、見付かることを前提に、そうならねえようにしねーと』
「そりゃそうだ」

 自分たちのテクニックが怖くなってくる程度には、この変装には効果があったらしい。毎日毎日嫌というほど顔を付き合わせているのに、未だに先輩たちにバレない。不思議なものだ。

「にしても素敵なカップルだな……なんなんだあれ、周りに花飛んでるのが見えるのは俺だけか?」
『デンファレだな』
「花言葉は?」
『お似合いの2人』
「なるほどそれだ」

 テーピングやその他の用品を真太郎が手にとって、高尾の持っているカゴに投げ入れる。夫婦か! 夫婦だろお前ら! お付き合いすっ飛ばして結婚したのか!
 なんていう風にあらぶっていると、2人がこちらに歩いてきた。踵を返して別のコーナーを見ているふりをすると、2人は全く気付いていないらしく、俺の背後を通過していく。気が付いて良かった。あのままあらぶってたら見付かってたな。

『お前あらぶりすぎなんだよ』
「うるせ、お前に言われたくねーよ」

 からかうような口調の桃弥の声が聞こえてきたので、袖口のマイクを中指で弾いた。小さな悲鳴が聞こえる。

『てめーなぁっ…』
「レジいったな。次はCD買うようなこと言ってたか?」
『ああ、そっちだな。お前今度は直接尾行代われよ』
「はいはい……」

 じゃ、また何かあったら。
 そう言って一度通信を切ると、俺はスポーツ用品店を後にする。ここに来るまでのそれぞれの役割を交代し、桃弥が直接尾行、俺が先回りだ。森山さんたちはまだ高緑を見ているらしく、俺が出ていくのには気付かない。なんっつーか、試合中は目敏いほどに人のことを見ている人たちだけど、プライベートだとそうでもないんだな。
 CDショップまではそれほど遠くない。様々なジャンルの音楽が鳴り響く店内は、俺くらいの身長だとそれなりに見通しがいい。入口から少しばかり離れたコーナーを見ている風を装うことにした。ここなら高緑が来たのが見えるし、向こうからは意識しない限りこちらは見えない。

「……ん? メール?」

 マナーモードにしてあるスマホが震えた。確認するのも面倒だったが、万が一笠松さんからだった場合に困るので、とりあえず確認する。パスワードを入れると、ディスプレイには「森山さん」の4文字だ。まさかバレたのか。特に意味のない緊張が走る。気付いている様子は無かったが、俺だと知っていた上でシラを切っていたとしたら?
 少し焦って内容を確認した途端、

『お前らどこにいるんだよ』

 力が抜けた。そりゃあもうガックリと。
 俺たちが来ていることは知っているが、やはりどこにいるか解っていなかったらしい。すげーな俺たち。ていうか鈍いな森山さんと宮地さん。『なんのことですか?』と返信すると、桃弥から通信が入る。どうやら向こうには宮地さんからメールがあったらしい。心なしか桃弥の声が震えている

『どこにいるのか白状しないと、明日埋めるって言われた』
「なにそれこわい」
『生き埋めって苦しいし怖ぇじゃん、ポーの小説にもあったけどさ、生きたまま味わう死への恐怖っつーの?』

 声が病んでやがる。

「頑張れ」
『辛辣だなてめー。返信どうする?』
「森山さんからのメールには、『なんのことですか?』って返しといたけど」
『あー……じゃあ俺もそうするかな。了解』
「今からじゃあベル鳴らすための紐付きで、中にクッションが敷いてあって、バネで内側から押しただけですぐ開く棺は用意できねーな」
『縁起でもねーこと言うんじゃねえ』

 先程のお返しとばかりに、桃弥がマイクを弾いてきたらしい。キーンという耳障りな音が耳に突っ込まれた。

「これ結構痛えな」
『だろ? 高緑ちゃんは今そっちへ向かってる。……ついでに2人の5メートル後ろに森山さんたちも』
「OKわかった。通信切るぜ」

 プツ、と小さな音を立てて、耳元で聞こえていた声がフッと止んだ。森山さんや宮地さんはまだ見付かっていないのだろうか。あれだけわかりやすい変装なら、高尾にバレてても全然不思議じゃないんだけどな…。
 
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