長編連載

□誰より近くで
3ページ/3ページ


 * * *

 宮地さんと森山さん、あれでバレてないつもりなのかな。オレは別に、オレたちの邪魔しないならそれでいいけど。真ちゃんはそういうわけにもいかないだろうし。この店に寄った後、真ちゃんのいないところで少し説教してやろうかと思った。こんなふうにいつもの叱り叱られる関係が、一時逆転するのも悪くない。オレたちの観察しようだなんて、1万年と2000年早いのだよってな。
 あ、そうだ観察といえば、腐男子sの姿を見ない。あの2人のことだから、てっきりこちらを尾行しているものと思ったが、そうでもないのか。真ちゃんとのデートに集中しているせいか、あの執念深い腐男子sを、この鷹の目に捉えることは未だにない。

(来てないなら、それでいいんだけどさ…)
「どうした? 高尾」
「ん? んーん、なんでもないよ、真ちゃん」

 真ちゃんと折角の初デートだってのに、他の奴らのこと気にしてるなんて思われたくねーし。姿が見えないなら見えないで、いっそあいつらのこと気にすんのはやめとくか。見付けたら気にすればいいんだしな。
 割り切り方がおかしい気もするが、そう考えを切り換えて、オレは真ちゃんに笑いかけた。よく見ていないと解らない程度ではあるが、真ちゃんも薄く微笑み返してくれる。こういう些細な変化が嬉しい。入部当初に比べて、真ちゃんは表情がやわらかくなったように思う。それもほんの少しの違いだけれど、それに気付いたのがオレだけってのもまた嬉しい。オレを呼ぶ声も甘ったるくなった。

(それでもまだ)
「あっ、ここここ!」

 目当ての店を見付けて、テーピングをしていない右手を引くと、真ちゃんは思わず、といったふうにオレの手を振り払った。悪気があるわけじゃないのは解ってる。実際問題ちょっと頬の赤い真ちゃんは、小さく声を漏らして、申し訳なさそうに眉尻を下げた。

「たか…」
「もー、真ちゃんったら照れ屋さん♪」
「ばっ……からかうな高尾!」

 今はまだ、これくらいの距離感でいい。真ちゃんがその気になってくれて、自らオレに触れてくれるようになるまで、これくらいが調度いいんだ。オレ1人の身勝手な感情で、真ちゃんを………緑間を、困らせたくないし、傷付けたくない。からかわれたことに怒って、顔を赤くして怒鳴って。そんな真ちゃんを誰より近くで見れていることが、オレって男にとっての幸せなんだ。オレのこの手でパスをしたボールが、真ちゃんの大事な大事な手に渡って、そこから思わず見とれるようなシュートを放ってくれれば、それで。
 CDショップに着くと、目当てのものを探しに歩くオレの後ろを、真ちゃんが大人しくついてくる。普段は女王然と振る舞って、『オレの前に立つな!』みたいなオーラを放っている真ちゃんが、慣れない店でオレについてくるのがかわいらしい。

「真ちゃんって、やっぱこういう店は来ない感じ?」
「ああ……クラシックを聴くにしても、最近はネットで済んでしまうからな」
「そっかー。オレは好きな曲とかは、CDで欲しい人なんだよね」

 なんて、どうでもいい話をする。探していたコーナーへと行き当たると、パッと目線を走らせ、アーティストの名前を探す。その中から欲しいアルバムのタイトルを見付け出し、ぱっと手に取った。うっかり売り切れていなくて良かった。そう思いながら真ちゃんの方を見て笑う。

「……ずいぶん速いのだな」
「ん? ああ見っけるの? まーいつも来てるし、大体配置は把握してるからねー」

 真ちゃんはやはりこういう店に慣れないのだろう。鳴り響くBGMに少し顔をしかめている。自分の都合でここに連れ込んだことに、オレとしても気が咎めたけれど、真ちゃんのこんな表情(いつもとは違う顔のしかめ方なんだってほんと!)が見られて、ちょっと嬉しいっていうのも本音だ。
 レジに並ぶと、真ちゃんはそれの向かいのDVDコーナーを見て待っていてくれてる。さっさと会計を済ませて駆け寄りたい。駆け寄って、そのガタイのわりに細い腰に抱き付いて、頭を叩かれて怒られたい。
 おつりのないように金を置いて、レシートも受け取らずに真ちゃんに駆け寄る。愛しいオレの真ちゃん! 腰に抱き付いたら案の定叩かれて怒られた。顔の赤い真ちゃんがかわいかったから、抱き付いたままネコみたいにすりよってみる。今度は本気で、左手で叩かれた。



→(7月上旬その3に続く)
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ