短編CP
□茶番パルトネル
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「日本って平和だよな」
ベッドに座るオレの腿に自分の頭を預け、無防備に寝転がる高尾が、不意にそう呟いた。こいつが妙なことを言い出すのにはもう慣れた。オレは手元の小説から目を逸らすことなく、短くそれに答える。
「なんなのだよ、急に」「いや、さ。あんま危ない動物とかいねーじゃん?」
動物? ああ、そういえばさっきまで『ダーウ●ンが来た!』を見ていたな。それの影響か。
言うと、高尾は「そーかも」と気のない返事を返す。右手を伸ばし空中へと彷徨わせるその姿は、まるで、水上の酸素を求めてもがく子供のようだった。
ゆらゆらと揺蕩うそれを、オレはそっと掴んだ。高尾は握り返すでもなく、遠い目をして、緩慢な動作で手を振り払った。いつもの猛禽類のようなそれとは違う、危うく揺れる、銀の瞳。
(……またか)
高尾はときどきこうなる。
何が原因かは解らないが、ふとした瞬間にスイッチが入るのか、空を見詰めてわけもわからないことを口走る。それは本当に唐突なものであったり、今回のように直前の何かが作用していたりと様々だが、皆一様に悲愴感に満ちているもので。
「噛まれるだけで伝染病がーっていうコウモリとか、触っただけでアウトなカエルとか、会ったら即終了のお知らせってクマとかサメとかワニなんかもいないじゃん。特にこの東京にはさ。だからオレ、日本に生まれて良かったなーって」
「……」
こういうときの高尾には、余計な口を挟まない。挟めば挟むだけ、いたずらにこいつの涙を増やすだけだということを、オレは何ヵ月か前に学んだ。
あのときは、確か海についての話だったか。海の底には死骸がいっぱいなんだろーね、なんて言い出した高尾にいちいち突っ込んでいたら、ぼろぼろと大粒の涙を溢し始めて1時間は泣き止まなかった。
オレは小説のページを捲った。語り部が、煙草屋の娘と恋に落ちる場面だった。