短編CP
□ブルームーンの逢い引き
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1ヶ月に2回満月が出て、そのうちの2回目をブルームーンというらしい。今日は正しくその日で、いつものように居残り練習をしてから家路につくオレは、ブルームーンを存分に堪能することができた。なるほど、名前のせいか、なんとなく青く見えなくもない。月の周りに光の円ができるくらいには明るく、道端の電灯などいらないだろうとさえ思った。
今日は高尾が風邪をひいて休んだため、リヤカーには乗っていない。ナントカは風邪をひかないという話は、やはり迷信の類だったようだ。明日も休むようだったら、部活帰りに見舞いに行ってやらなくもない。そんなことはまあどうでもいいが。
自分の足で通学路を歩くのは久しぶりだった。勿論雨が降ったりその直後だったり、高尾がリヤカーをこぐのが困難な日は、2人で歩いたりする。オレもそこまで鬼ではない。しかし最近はそんな日もなく、高尾のこぐリヤカーに乗って登下校する毎日だった。
「―――っし!」
不意に声が聞こえた。しかもそれは聞き慣れたもので、どうやら近いところで発せられているらしい。そういえばおは朝で、いつもと違うことをすると、いつもと違うことが起こると言っていた。まさかリヤカーに乗って帰らなかったことで、あの人に遭遇するなんて思いもしなかったが。
彼はストリートバスケコートで、1人黙々と練習していた。イメージトレーニングだろう。敵と対峙したときに見せる、あの鮮やかなドリブル。こんな夜中だ。見ている人間がいるなど思いもよらないのか、惜し気もなくその技量を披露している。青白い光に照らされた姿に、オレは思わず声をかけた。
「宮地先輩」
名前を呼ばれただけとは思えないほど、びくりと肩を揺らした宮地先輩が、手からすっぽ抜けたボールを目で追ってから、ギロリとオレを睨む。この人の視線は苦手だ。高尾の猛禽類のようなそれとも、火神や青峰の野性的なそれとも違う。理性的な、それでいて己の感情にまっすぐな視線。オレはこの目に晒されるのが、これといった理由もなく苦手であった。
「何か用か?」
「いえ、たまたま見かけましたので」
「ガキは帰ってクソして寝ろよ。こんな夜中に歩いてっと刺されんぞー」
夜中といってもまだ8時だし、刃物を持った不審者より、笑顔の宮地先輩のほうがよほど怖い。そう思ったが、喉まで出かけた本音を急いで飲み込んだ。下手なことを言って、余計に先輩を怒らせたくはない。
先輩は部活が終わってからずっと、ここで練習していたのだろう。部活中や試合中ほどではないものの、玉の汗をかいて、度々溜め息のような吐息を漏らしている。
「…いつもここで練習を?」
「いつもじゃねえ。ここが空いてねえときもあるから。………いやお前帰れよ」
「毎日ですか?」
「いや勉強もあるし、休まなきゃと思ったら休んでる。いやだから帰れよ。轢くぞ」
物騒なことを言われたものの、なんとなく帰りたくなくなった。
普段後輩に厳しい宮地先輩が、自分に甘い筈がなかったのだ。それはなんとなくわかっていたが、こんな時間まで練習して、人事を尽くしているとは思わなかった。真っ黒な笑顔で不謹慎なことを言う先輩だが、バスケに対しては人一倍真面目な人なのだ。
「………あ? お前何してんだよ」
スポーツバッグを下ろして学ランを脱いだオレを、宮地先輩は訝しげに見ている。凶暴なその目を隠す気など、この人には更々ないのだろう。疑り深く絡むような視線は、変わらずオレを捕らえる。
「先輩を見ていたら、オレもバスケがしたくなったので。先輩も、相手がいたほうがやりやすいでしょう」
自分でも、何をガラにもないことを、とは思った。
「何ガラにもねーこと言ってんだし」
オレの心中でも読んだかのように、まったく同じことを口走る先輩。こうも思った通りだと、奇妙や不気味を通り越して笑う。
宮地先輩はニヒルに笑うと、転がったボールを拾い上げ、オレにパスをした。条件反射でこちらもキャッチする。しかし気が付いたときには先輩は目の前に迫っており、手刀をオレの首に食い込ませて楽しそうに笑った。
「まーいいや。先輩が遊んでやんよ」
先輩、これはバスケ関係なく、喧嘩慣れした人間の奇襲における常套手段ですが。
そう言ったが、先輩は無視するように踵を返し、フリースローラインまで行ったところで振り返った。
「1on1だ。攻守交代制。どっちかが10本とるまで」
「わかりました」