短編CP

□翌朝にはもう
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 高尾が風邪をひいて、学校を休んだ。
 昨日まではいつものように元気でうるさくて、調子が良くてパスが冴えているくらいだったのに。この1年近く、高尾が風邪をひいたことなどなかった。そのせいかオレは、バカ(高尾はどちらかというと阿呆に分類される気がするが)が風邪をひかないというのは本当だと思っていたが、どうやらそうでもなかったらしい。
 しかし高尾の突然の体調不良に驚いたのは事実だ。あいつはあれで、体調管理には人事を尽くしている。オレとバスケをする時間、体調不良で寝込んでいるなどバカらしいとも言っていた。そんな言葉を耳にしていたせいか、オレは高尾が病気などしないものと思い込んでいた節があるらしい。高尾はいないというのに、気が付くとその名を呼んでしまっている自分に、帰り道、溜め息が漏れた。

「緑間ー、なに溜め息なんかついてんだよ」

 不意に名前を呼ばれ、思わずドキリとしながら振り返る。宮地先輩だ。受験を終えた今でも、先輩はオレたちの部活を見に来てくれている。今日も嬉々とした笑顔で、オレたちをシゴいていた。あの笑顔は正直怖い。

「宮地先輩」
「高尾、今日休んだんだよな?」
「ええ……風邪だとかで」
「珍しいっつか初めてなんじゃねえか? あいつが病気なんてよ」

 ま、練習中に吐くことは何回もあったけどな。
 と、先輩が肩を竦めた。そう、初めてだから、こんなにも落ち着かない。隣を見て少し目線を下げれば、明るい笑顔の真ん中分けは、オレを見上げて名を呼んでくれるのに。
 そんなことに気をとられて、先輩への返答が疎かになった。イライラしているのを隠そうともしない笑顔がまっすぐに見詰めてくるのが怖い。

「なんだよ……そんなに心配なら見舞いにでも行けばいいだろ! 木村んちの果物でも買って! リア充爆発しろ燃やすぞ!」
「いえ…こちらに移されても困りますし」

 先輩の剣幕に負けて、思わず視線を逸らしながら言うと、少しだけオレより目線の低い先輩が、オレの頭をガシリと掴んだ。ボールを掴むときと大差ない力の入れ方だ。指先に込められた力が頭に食い込むようで痛い。先輩の笑顔が更に黒いものを増した。

「は? 何言ってんの? お前高尾の恋人なんだろ? だったら『風邪などオレに移すのだよバカめ』とか言いながらキスしてやるくらいしろよ。なんなの? バカなの? 轢くぞ?」
「しかし………」
「あぁん?」
「解りました」

 やはり先輩の笑顔には勝てない。だが勿論先輩の言うことも一理あるので、オレは木村先輩の八百屋へ向かうことにする。宮地先輩にその旨を伝えると、満足そうに、しかし背後に蠢く黒いものは仕舞わずに、先輩が笑った。怖いのだよ。

『♪♪ ♪ ♪ ♪♪ ♪♪ ♪』

「お前か?」
「失礼します……」

 初期設定のままの電子音が響いた。宮地先輩がぴくりと反応して言う。この音は電話だ。ポケットから携帯を取り出してディスプレイを見ると、そこには今日1日、オレの周りが静かだった原因の名前があった。

「高尾?」
「出ろ早く!」
「解ってます…」

 宮地先輩に急かされながら通話ボタンを押す。耳元に携帯を近付けると、次の瞬間オレは携帯を耳から遠ざけてしまった。

『真ちゃあああああああああああああああああああああああああああん!!!!!!!!!!』

 キーン。

『真ちゃん真ちゃん真ちゃん真ちゃん!! 悪い夢だからもっかい寝たら治るかと思ったら治んねーし! 妹ちゃんのイタズラかと思って引っ張ったら普通にいてーし! 腹へったし! オレどうしたらいいの!? なんなの!? オレなんか悪いことした!? なぁ真ちゃんオレどうなってんの!?』
「っ一度落ち着くのだよ高尾! 何があったかきちんと説明しろ!!」
『それが説明できたらオレも苦労しねーって! テンパってんのわかれよ真ちゃんの鈍感! バカ! 好き! いいから早く来てくれないとオレパニック起こして泣くかもしんないよもう泣いてるけど!! とにかく早く来いよ真ちゃんのバカああああああ!!!!!!!!』

 悲鳴に近い叫び声がノイズと共にオレの耳をつんざいた。遠ざけてもそのぎゃんぎゃんとした大声が漏れてしまう。何事かと思った宮地先輩が、高尾がまだ電話口で喚いているオレの電話を取り上げた。

「おい高尾!? テメーどうしたん……っ!? あ? は…? え、ちょ、ん? はぁ?」
「宮地先輩?」

 高尾に負けない大声で宮地先輩が怒鳴る。しかし、高尾が相変わらずの大声を上げているのを聞いて、急にその表情が、失礼だが間抜けになる。高尾はその間にも、電話口でぎゃんぎゃんと喚いている。

「………緑間ァ」
「はい…?」
「お前……高尾と喋れてたか? つか、高尾だったか?」
「ええ…」
「………ネコなんだけど」
「は?」

 宮地先輩がそっとオレに携帯を返してくれた。 ネコだと? 何を言っているんですか宮地先輩。意味が解らないんですが。
 宮地先輩曰く、電話の向こうでネコがえらい勢いで鳴いているらしい。確かに高尾はネコみたいなところがあるし、違う意味になるが、高尾はネコなのだが……

「変なこと言ってんじゃねーよ刺すぞテメ」
「高尾? どうしたのだと言っているだろう。ちゃんと説明するのだよ」
『だから真ちゃん来いっつってんじゃんかぁ!!』
「お前が説明しなければ行かない」
『いじわる! バカ! ドS伯爵! でも好き!』
「さっさとするのだよ、宮地先輩が待ちかねている」
『なんでこのタイミングで他の男の名前出すんだよ真ちゃんのバカバカバカ!!!!』

 こうして聞く限りは普通の高尾の声だ。しかし宮地さんはネコの声だったと言い張る。しかし高尾はパニックを起こしていて、説明は難しそうだ。とりあえず宮地先輩と2人で、高尾宅に向かうことにした。
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