短編CP

□取り合い主導権
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 後ろから抱き締めたときの反応が好きだ。不意打ちに驚いて上げる妙な声。照れたように、困ったように、戸惑ったように俺を見上げる目。それでも次には、眉を下げてはにかんで、いつもより甘ったるい声でオレの名前を呼ぶ。そしてゆっくりと目を閉じるから、オレたちはお互いの唇を重ねるのだ。
 その様子はまるで、オレが高尾のわがままを聞いてやっているように見えるそうだ。しかし、実際にわがままを言っているのはオレの方で。





 後ろから抱き締められたときには、反応に困る。色気もへったくれもない素っ頓狂な声を上げてしまうし、一瞬反応できないから、返事が遅れてしまうのだ。そんなときにオレの口からこぼれ落ちる声は、自分では信じたくないくらいに甘ったるい。そんな声で彼を呼べば、あのまっすぐな視線に圧されて目を閉じてしまうのはオレで。直後には唇にあたたかな感触。
 別にオレが甘えてるわけじゃない。いや、甘えたくないわけではないけれど、それでも、真ちゃんのわがままを聞いてやっているのは俺の方なのだ。




 * * *




「んっ…は、ぅ……っん、ふっ…」
「……高尾」
「…っあの、さぁ……真ちゃん?」

 目、開けっぱなしでキスすんのやめてくれね?
 まあ、こんな風に言ったところで、うちのエース様が首を縦に振らないことなんて解りきっている。そもそもオレがこの提案をするのは、何もこれが初めてのことじゃない。
 付き合い始めて早2ヶ月。2人にとってのファーストキスはとうの昔の出来事で、その頃から真ちゃんのこの癖は気になっていた。
 真ちゃんは意地でもキスのときに目を閉じない。目をかっぴらいているわけではないけれど、薄く、色っぽく、綺麗な目を開いて、オレの顔を見ながらキスをする。こちらが恐る恐る目を開いたとき、透き通るようなその瞳は、そんなオレを見て笑みを湛えているのだ。
 それがオレは悔しい。なんだかんだで、実際オレの方が経験はある筈だった。それなのにこの結果(真ちゃんの方がオレをリードしている節があるという、この解せない現象のことね)ということはだ。つまり『それまで経験が無かった緑間真太郎は、高尾和成たった1人を相手に人事を尽くして経験を積んだため、その高尾を翻弄することになった』ということなのだろう。人事の尽くし方を間違っている気がするのだよエース様。

「何故目を開いていてはいけない」
「そりゃアナタ恥ずかしいからでしょ……オレにも羞恥心とかプライドとかあんだよ一応」
「女側に回っておいて言うセリフではないな」

 てっきりオレがタチだと思ってたのに、告白したオレの腰を抱いてそのままキスした男前はどこの誰だよ。月を背にしたシチュエーションがお似合いでした。そりゃオレがネコになるしかないっしょ。ちなみにこの真ちゃんの少女漫画みたいな行動は誰に感化されたのかと思ったが、よく考えてみりゃこの人、2年間黄瀬ちゃんと同じチームだったんだよね。納得。

「っだからってさあ真ちゃん? こっちはちゃんと目を閉じてやってんのに、真ちゃんだけまじまじとオレ見てんのずるくねぇ?」
「見ていたいものは仕方なかろう」
「ときめかせんなバカ」

 敵わないと初めて思ったのはいつだったろうか。それを認めるのは癪だったけれど、コミュニケーション能力も恋愛遍歴も人並み以下の真ちゃんに、オレは敵わない。勢いには定評のあるオレの口八丁だけど、そんなもの、彼の前では意味なんて無いんだ。オレが何を言ったって、紡がれる言葉の数々を、まるで全部オレに押し戻すみたいに、真ちゃんはこの口を塞ぐ。決まって、目は開いたまま。

「今更何をそんなに恥ずかしがる必要があるのだよ」
「今更っつーかずっと提案してることなんだけど…!?」
「そうか」
「そうかじゃねーよ!」

 オレがそんな風に喚くと、真ちゃんは先に言ったように、オレを黙らせる。流されるオレもオレだけど、いい加減彼も言葉足らずが過ぎるんじゃないかと思う。
 でも、そんな風に言っていられるうちが幸せなんだろう。真ちゃんに抱く不満が、キスのときに目を閉じてくれないとか、返答に困ったらキスをしてくるからこっちが困るとか、そんなかわいらしいもののうちは、オレたちはずっと幸せなままだと思うから。

「緑間」
「……なんだ?」

 真ちゃんってさ、オレに苗字で呼ばれると、変な風に緊張するよな。
 なんて軽口を叩けば、真ちゃんはまたオレにキスを落とす。そんなときのそれは、まるで初めてみたいにヘタクソで。オレはようやく主導権を握れる。

「っ……ん、っ…」
「は………真ちゃん」

 好きだよ。

 簡単に伝えた方がお前は喜ぶのを、オレはもう知っているから。背中に回された腕が力を込めるのに答えて、オレは彼の首に腕を回す。










取り合い主導権
(キスに埋もれる『好き』のことば)


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