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□Summer vacation
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六日目。
この日は長鳴神社でお祭りがあり、その夜、お互いに浴衣を着て行った。。

「直斗…良く似合っているよ。綺麗だ…」
「あ、ありがとうございます。でも、先輩の方が素敵ですよ」

端正な顔立ちに、長身で細身だけど…きっちり筋肉はついていて、スタイルの良い彼は何を着ても様になるけど、浴衣を着ると
いつもより雰囲気が大人っぽく、男らしく、艶めかしくて、思わず見とれてしまった。
白と赤のストライプが入った黒い浴衣が彼には良く似合っていた。

ちなみに僕は、青色に染まった朝顔の柄が入った白い浴衣。

浴衣は持ってこなかったから、着る予定はなかったのだけど…

「せっかくだし浴衣を着て行こうよ。八十稲羽のお祭りでも浴衣着る事になると思うから、今の内に買っておいていいんじゃないかな」

彼の提案により一緒に浴衣を買った。
浴衣を着たのは小学生の頃以来だったので、着付けできるか心配だったけど、「俺、着付けできるから大丈夫だよ」と先輩が言ったので
お願いしたら、彼は失敗することもなく、テキパキと完璧にやってのけた。

「先輩って、よく着物とか着るんですか?」
「…子供の頃はよく着ていたよ。祖母の付き合いで色々習い事をしていたから、それでよく着物を着ていたんだ」
「…でも、男性と女性とでは着付けの仕方は違いますよ」

…僕以外の女性にもこうやって着付けをした事があったのかな。

「…実はこの日の為に勉強したんだ」
「…えっ、いつですか?」
「昨日の夜。実家から持ってきた着付けの本を読んで覚えたんだ」
「…ばかですか。そんな時間があったら、受験勉強して下さい」
「あはは、ごもっとも。でも、直斗の浴衣姿をどうしても一番に見たかったんだ。ほら、行こうか」



長鳴神社

すれ違ったカップルを見て、先輩がふっと笑った。

「どうしたんですか?」
「いや、ちょっと思い出したんだ。八十稲羽のお祭りに陽介達と行った時、クマが『異性同士がダンゴ状態でぞろぞろ歩くなんて不健康だからここは"いちいち"で
カップルになって歩こう』みたいな事を言ってきたんだ」
「……先輩は誰を選んだんですか?」
「それが全部クマに持って行かれて、結局、陽介と完二と男だけで寂しく過ごしたよ…安心した?」
「べ、別に僕は…」
「…もしあの時、直斗がいたら俺は迷いなく君を選んでいたよ。これからもずっと…」
「先輩…」
「手、繋ごうか。はぐれないように…」
「は、はい!」

それから、いろんな夜店を見て回り、射的をしたり、たこ焼きを食べた後、花火が打ち上げられた。

「…明日帰るんですよね」
「あっという間だったな」
「先輩…ありがとうございます」
「直斗?」
「こんなに楽しくて幸せな夏休みを過ごしたのは何年ぶりかな」

小さい頃は、両親やお祖父ちゃん、薬師寺さんと夏休みによく旅行をしていた。
でも、両親が亡くなって、僕が探偵の仕事を始めてからは、毎年夏休みはほぼ事件の依頼をこなしていた。
去年の夏休みだって、ずっと事件の捜査をしていた。
それにあの頃の僕には、心を許せる友人もいなくて1人で過ごすのが当たり前だった。
夏休みに友達と遊びに行ったり、ましてや恋人と旅行なんて…一生縁のないものだと思っていた。

花火…ずっと続けばいいのに。
終わったら、二人きりの時間が終わってしまう。
花村先輩や久慈川さん達と一緒に過ごす時間も楽しくて、大好きだ。
…でも、やっぱり好きな人と過ごす時間はもっと特別で…。

「直斗…」

夏の夜空に広がる花火を見ながら、僕はそっと彼の腕に寄りかかる。

「ずっと…この花火を貴方と見ていたいです」
「ああ…俺も同じ事思っていた。また、来年も二人で来よう」

そう言うと先輩は僕の肩を抱く。

「せん…んっ」

彼の顔を見ようと顔を上げるとキスをされた。

「もう…人がいるのに」
「大丈夫だよ…皆、花火に夢中だから、見られていないよ」
「ばか…」
「ごめん…」
「…約束、絶対守って下さいね」
「うん、もちろん」

来年の夏も一緒に過ごしてくれる…その約束が嬉しくて、僕は彼の手をぎゅっと強く握ると、ひっそりと気づかれないように小さく笑った。
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